就業後にこっそりアルバイトをするという副業だけでなく、最近ではパソコンやインターネットによる在宅ワークが容易になったこともあって、これらを利用して小遣い稼ぎをするサラリーマンもいるようです。
いわゆる正社員であれば兼業は原則禁止が当然という認識が一般的です。平成17年の厚生労働省・労働契約法制研究会の「最終報告」によれば、兼業を禁止している企業は51.5%、許可制としている企業が31.1%となっています。
一方、兼業者数は増えており、平成14 年の兼業者数は約81.5 万人で、15 年前に比べて約1.5 倍となっています(総務省「就業構造基本調査」)。
法律で兼業が禁止されている公務員とは異なり、私企業における従業員の兼業は各種労働法では直接は禁止されておらず、就業規則でこれを規制するのが一般です。逆に言うと、就業規則に従業員の兼業を禁止する定めがないと、これを直接規制することは難しくなります。
では就業規則で従業員の兼業を禁止したり、違反した場合にどのような懲戒処分をできるのでしょうか。今回は兼業禁止について検討します。
兼業禁止規定は有効
労働者は、労働契約によって定められた労働時間にのみ労務に服するのが原則であり、就業時間外は本来労働者の自由な時間であると考えられます。
但し、労働者の兼業は、その程度や態様によっては、会社に対する労務提供に支障が生じ、会社の対外的信用や体面を傷つける場合があり得るので、就業規則に労働者の兼業について会社の承諾を必要とする規定を設けることは不当ではないと考えられ、裁判例でもその有効性自体は認められています。
例えば、勤務時間終了後に深夜零時までキャバレーの会計係を兼業していた従業員に対する普通解雇の有効性が争われた事案で、東京地裁は、懲戒事由である「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき」との規定は、労働者が就業時間外に適度な休養をとることが誠実な労務提供のための基礎的条件であり、兼業の内容によっては会社の経営秩序等を害することもあり得るから、合理性があると判断しています(小川建設事件、東京地判57.11.19)。
そこで、雇用管理の面からは、兼業禁止規定を定め、兼業をしたい場合には会社の許可を受けてから、というルールを明確にしておく必要があります。以下の規定例を参考にして下さい。なお、後記の「遵守事項」に、「会社の許可なく他の業務に従事しないこと」を加えるという方法もあります。
第○条(兼業の許可)
従業員が他の会社への就職、役員への就任、或いは自ら事業を営む計画等がある場合は、事前に会社に報告を行い、会社の許可を得なければならない。会社は、企業秩序・企業利益及び従業員の完全な労務の提供の可否などの観点から、望ましくないと判断した場合は、それらを禁止することがある。この規定に違反した場合は、懲戒の対象とする。
仮に、現在の就業規則兼業を制限する規定そのものがない場合でも、一般的な服務規律等に関する規定があればこれで対応することが可能な場合もあります。
例えば、以下のような規定があれば、別の仕事で疲れて居眠りすることが多くなれば職務怠慢ということで対応が可能ですし、兼業によって会社の名誉信用に傷がつく、或いは情報漏えいの危険があるような場合にも対応が可能でしょう。
第○条(遵守事項)
従業員は、次の事項を守らなければならない。
○勤務中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと
○会社、取引先などの機密を漏らさないこと
○その他会社の内外を問わず、会社の名誉又は信用を傷つける行為をしないこと
兼業禁止に違反する行為
では、就業規則に兼業禁止規定を設けた場合、これに違反した従業員に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。
兼業とは特に法律上の定義はありませんが、一般に、在籍のまま他社へ就職すること或いは自ら事業を営むこと全般をいいます。
しかし裁判例は、兼業許可制の違反については、会社の職務秩序に違反せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の兼業は兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないとし、そのような影響・支障のある兼業のみ兼業禁止規定に違反し、懲戒処分の対象となると限定的に解釈しています。通説も概ね同様に解しています。
例えば、勤務時間外に短時間の内職・アルバイトをする程度で、会社の企業機密やノウハウを利用したり競業会社に利益を与えたりするものでなく、かつ会社に対する労務提供の支障を生じないような場合には、兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないと判断されることが多いと考えられます。
一方、勤務時間中に副業をしていたり、勤務時間外であっても会社の備品を消費して副業しているような場合には、企業秩序を乱すものとして、兼業禁止に違反することになるでしょう。同業他社への就業や、会社の企業機密を兼業先へ漏らすような場合も同様と思われます。
裁判例では、労務提供に支障をきたす程度の長時間の二重就職(上記小川建設事件)や、競業会社の取締役への就任(橋元運輸事件・名古屋地判昭47.4.28、東京メディカルサービス事件・東京地判平3.4.8)、使用者が従業員に対し特別加算金を支出しつつ残業を廃止し、疲労回復・能率向上に努めていた期間中の同業会社における労働(後記昭和室内装置事件・福岡地判昭47.10.20)等が、禁止に違反する兼業とされています。
懲戒解雇は許されるか
兼業禁止に違反する行為が懲戒処分の対象となる場合でも、懲戒は、規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければなりません。特に懲戒解雇は、「本来の業務への支障」或いは「会社との労働契約上の信頼関係破壊」がどの程度かを個別具体的に考え、慎重に適用を検討すべきです。
ゴルフ場のケースではありませんが、懲戒解雇を有効とした裁判例として、日通名古屋製鉄作業事件があります(名古屋地判平3.7.22)。
これは、大型特殊自動車の運転手として採用され交代勤務に就いていた者が、公休日にタクシー運転手として勤務していたことが、兼業禁止違反にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。
裁判所は、その勤務時間は、被告会社の就業時間と重複するおそれもあり、時に深夜にも及ぶもので、アルバイトであっても誠実な労務提供に支障を来す蓋然性は極めて高いとし、禁止規定に違反し、懲戒解雇処分を有効としています。
この事件では、会社を退社するとその足でタクシー会社に赴き午後5時から翌朝まで乗務し、納車した後仮眠を取ってから当日の勤務に就く等かなり無理のあるものだったため、労務の提供に支障があると判断されたものと思われます。
また、A社の経理部長が他社の代表取締役としてA社の取引先と取引をしていたという昭和室内装置事件もあります。
この事件で、福岡地裁は、①会社の再三の警告を無視し、職場内に他社就労の噂を生じさせて他の従業員の作業意欲を減退させる等好ましからざる影響を与え、会社の労務の統制を乱したものといえ、就業規則の禁止する「他への就業」に該当する、②情状は悪質で、懲戒の種類として出勤停止ではなく懲戒解雇の処分を選んだのもやむを得ないと判断しました(福岡地判昭47.10.20)。
懲戒解雇が無効とされた事例
一方、懲戒解雇を無効とした裁判例として、国際タクシー事件があります(福岡地判裁昭59.1.20)。
これは、タクシー運転手として勤務しながら、父親の経営する新聞販売店の業務に従事したことが、兼業禁止規定にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。
裁判所は、①一部の期間については、経営者である高齢の父親の懇請によりやむを得ず引き受けたものであること、所定終業時刻より前の約2時間で、月収も6万円と低額であったことから、会社に対する労務の提供に格別の支障を来す程度のものとは認められず、禁止規定に違反しないとしました。
一方、②新聞販売業務が勤務時間内に行われ、月収15万円を得ていた期間については、会社秩序に影響を及ぼし、労務の提供に格別の支障を来す程度のもので、兼業禁止規定には該当するとしました。
しかし結論として、労働者は②の期間中タクシー乗務に熱心で業務成績を上げていたこと、懲戒解雇を受けるといわゆるブラックリストに掲載され、同業者への再就職が困難となり労働者の受ける不利益があまりに大きい等として、懲戒解雇は無効としました。
このようなケースでは?
そこで、例えばゴルフ場でフロント受付業務を担当する女性従業員Aが、会社に無断で、就業時間終了後午後6時から午前2時までスナック店に会計係として勤務し、接客もしていたというようなケースでは、兼業時間が長く深夜に及び、ホステス業務まで行っていることから、本業への支障の程度が大きく、会社との信頼関係にも影響を及ぼすと考えられ、懲戒解雇もなし得る事案かと思われます。
一方、キャディBが、就業後やゴルフ場休業日に警備員のアルバイトをして収入を得ていることが判明したが、Bは無遅刻・無欠勤で、勤務態度や勤務成績にも全く問題がないようなケースで、本業への支障も特になく、会社との信頼関係にも影響を及ぼさないとみられる場合は、そもそも兼業禁止規定に違反しないと判断される可能性が高いと思われます。このようなケースでは、本人から事情を聞き、会社業務に影響を与えないように指導をするにとどめた方が無難でしょう。
事業者の対応
兼業の予防策としては、従業員が兼業など必要のない労働条件の整備・充実が必要です。また、単に兼業禁止規定を置くだけでなく、その趣旨を研修や社員手帳等を通じて徹底することが必要です。
一方最近では、会社の業績悪化によって賃金が抑制されているという状況から、従業員の副業を積極的に認めるという企業もあるようです。
兼業を許可した場合でも、営業秘密を害する行為をしないという誓約書を書かせ、これに違反する行為が不正競争防止法の定める刑事罰の対象となりうることや、在職中の従業員が競業避止義務を負っていることを理解させる必要があります。
正社員以外の場合
ゴルフ場ではキャディなど、パートやアルバイト、派遣社員等のいわゆる非正規雇用の従業員も多いと思います。
非正規雇用の場合には、正社員と異なり、勤務日数や勤務時間が少ない従業員も多く、兼業を認めても本業への支障の程度が低いと考えられるケースも多いでしょう。また、非正規雇用の場合には、兼業という一事のみをもって、会社の対外的信用や体面を傷つけるようなケースも通常は考えにくいように思われます。一般に給与が低く、複数の企業で稼働しなければ生活が成り立たないという従業員も正社員に比較して多いという現実もあります。
非正規雇用の場合、正社員を対象としたものとは別の就業規則を作成すべきあり、兼業については許可制とするのが現実的な方法と思われます。
「ゴルフ場セミナー」3月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎