熊谷信太郎の「ゴルフ場と年会費」

長野県のゴルフ場が、平成25年4月末をもって、会員約1750名のうち、3年以上にわたり年会費の支払が滞った会員119名に対して、一斉に除名処分を行いました。

このゴルフ場は、平成14年7月に東京地裁に対し民事再生手続開始の申立てをし、再生計画に基づいて会員に対し預託金の一部を弁済し、スポンサー会社にその事業を譲渡しました。

一方、スポンサーとなった会社は、旧会員のプレー権を保護し引継ぎましたが、今回、会員としての義務を果たさない者に対し断固たる措置を取ったものです。

年会費の滞納には多くのゴルフ場が悩んでいると思われます。

しかしながら、預託金の据置期間が満了しているゴルフ場の場合には、除名により会員契約が終了して会員の預託金返還請求権が具体化し、預託金を返還しなければならないというジレンマに陥る可能性があるため、年会費滞納者の除名には慎重な考慮が必要となります。

上記の長野県のゴルフ場の場合は、法的整理の際に新クラブへ移行した会員はすべて預託金なしのプレー会員でした。そのため、年会費未払いを理由とする除名処分を、複数の会員に対し一斉に行うということが可能だったわけです。

 

年会費未納者に対する対応

年会費の支払義務は、ゴルフ場と会員との間のゴルフ会員契約に基づいた、会員の基本的な義務であり、会員の優先的施設利用権(いわゆるプレー権)と対価的関係にあるものです。

年会費の不払いに対しては、ゴルフ場経営会社が会員に対し除名等の懲戒処分を行うことが可能です(その旨の会則の定めが必要ですが)。

しかし、まずは年会費滞納者に対しては、催告を行い支払わせるということが基本的対応となるでしょう。

そして、上記の年会費の性質からすれば、年会費を支払うまではメンバーフィでのプレーは認めず、ゲストフィを支払ってもらうといった対応も可能だと思われます。

それでも支払いに応じない場合には、会則等に従った懲戒処分や、通常訴訟や支払督促、少額訴訟といった法的措置等により対応することになります。

 

年会費滞納による懲戒処分

年会費不払いを理由に会員を除名処分とすることは可能でしょうか。せいぜい十数万円程度の年会費の滞納で除名とすることは量定として重過ぎるでしょうか。

この点、消費者契約法10条は、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」と定めています。

消費者契約法は、個人と事業者を対象とする契約に適用されるものですので(但し、労働契約は除きます)、ゴルフ会員契約にも当然適用があり、会員の利益を一方的に害する処分は無効となります。

年会費は入会金や預託金等に比べて低額ではありますが、ゴルフ場の経営・運営に必要不可欠なものであり、年会費支払義務は会員の最重要な義務であると言えます。

そのため、年会費の不払いの場合に除名処分を行うということ自体は、会員の利益を一方的に害し、量定として重過ぎるとまでは言えず、一般的には無効とは言えないと考えられます。

しかしながら、会員契約上ゴルフ場経営会社が会員に対して負っている義務を履行していないときは、場合によって年会費不払いによる除名処分が無効とされる可能性がありますので注意が必要です。

この点、平成元年1月30日東京高裁判決は、ゴルフ場会社において果たすべき義務を怠っていると認められる場合には、年会費の納入を拒否しうる場合もありえると解されるという見解のもとに、①プレー権侵害の程度、②会社側が約束した会員数を守るべき義務の程度、③会員名簿を発行すべき義務の程度、④預託金返還を拒否した事実の存否を検討した上で、結論的には、会社側に義務違反が存せず、年会費の不払いを理由とする除名は有効であると判断しました。

これに対し、前記のような除名により預託金返還の問題を生じるゴルフ場の場合には、預託金返還問題の現実化を避けるために、年会費が支払われるまでの間、除名ではなく会員資格を一時停止するという処分も考えられるでしょう。

会員資格の一時停止と言っても、来場自体を禁止するというものから月例競技会への参加を認めないというものまでいろいろなパターンが考えられると思います。

但し、期間を定めない資格停止は、会員に与える不利益性から法的有効性に疑義が生じやすいと思われます。

 

除名処分の際の手続き

除名処分を行う際にはまず支払催告が必要です。

会則上、仮に「年会費を3ヶ月以上滞納した場合、催告なしで直ちに会員としての地位を失わせることができる」という規定があったとしても、民法上要求されている催告の手続きすら踏まずに行うと(民法541条)、消費者契約法10条違反として、除名処分が無効という判断がなされる可能性がありますので注意が必要です。

この点、6年間年会費を滞納した会員に対し無催告で除名処分を行った事案で、東京地裁は、支払催告をしない除名は無効であると判断しました(東京地裁平成3年10月15日判決)。

なお、年会費滞納を理由とする除名手続においては、他の除名事由の場合と異なり、年会費支払義務は財産的給付義務であり通常はその不履行に弁明の余地はないとして、会員に弁明をする機会を与える必要はないという見解もあります。

しかしながら、上記平成元年1月30日東京高裁判決が示すような状況を確認するという意味でも、弁明の機会を与え慎重に手続を行う方が無難でしょう(弁明は書面によるものでも構いません)。

催告をしても支払わない会員に対しては、年会費を2年分以上滞納している場合には、除名が可能とされる事例が多いものと思われます。

 

預託金の没収

年会費の滞納による除名処分が許されるとしても、預託金制ゴルフ場の場合には、除名(会員契約の解除)により預託金の償還義務が発生することになります。

一方、会則上、「除名の場合には預託金を返還しない(没収できる)」という規定を定めているゴルフ場もあるかと思います。

では、ゴルフ場経営会社は年会費を滞納している会員に対し、除名処分を行った上で預託金を没収することは許されるのでしょうか。

この点、十数万円程度の年会費の滞納で、数百万円から数千万円の預託金を没収することも、消費者契約法10条違反として無効とされる可能性が高いものと思われます。

そのため、仮に、預託金償還対策として、「年会費の滞納が長期にわたる会員は、ゴルフクラブから除名でき、預託金を没収できる」という規定を設けたとしても、預託金と年会費の相殺は可能ですが、預託金と年会費の差額を返還しなければならないという事態に陥ってしまいますので、十分注意が必要です。

 

支払督促と少額訴訟

上記のとおり、年会費滞納者に対しては、催告を行い支払わせるということが基本的な対応となります。

催告する際には最低限配達証明郵便を利用することが必須です。

民法上、意思表示は通知が相手方に到達したときに効力を生じるものとされているため(民法97条)、通知が相手方に届いたという証明が必要だからです。

それでも支払いに応じない場合には、法的措置も検討することになります。

もちろん通常の訴訟も利用できますが、年会費の支払請求の場合、請求額はせいぜい十数万円程度といったことが多いと思われます。

通常の訴訟の場合、申立手続費用(東京地裁で請求額10万円の場合、収入印紙1000円と予納郵券6000円分)に加え、弁護士に依頼する場合には、着手金として最低10万円が必要となります(旧東京弁護士会弁護士報酬会規による)。

そのため、手続費用が通常訴訟に比べて低額で、弁護士に依頼しなくても比較的対応が容易と思われる支払督促や少額訴訟の利用が考えられるでしょう。

支払督促とは、債権者の申立てにより、その主張から請求に理由があると認められる場合に、裁判所書記官から会員に対して未納年会費を支払うよう通知を出してもらう仕組みです。

債務者が2週間以内に異議の申立てをしなければ、裁判所は、債権者の申立てにより、支払督促に仮執行宣言を付さなければならず、債権者はこれに基づいて強制執行の申立てをすることができます。

支払督促は、相手の住所地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官に申し立てます。書類審査のみなので訴訟の場合のように審理のために裁判所に行く必要はありません。

手数料は通常の訴訟の場合の半額で済みます(東京簡裁で請求額10万円の場合、収入印紙500円、予納郵券1200円分)。

なお、債務者が支払督促に対し異議を申し立てると、請求額に応じ、地方裁判所又は簡易裁判所の通常の民事訴訟の手続に移行します。

一方、少額訴訟とは、民事訴訟のうち、60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の期日で審理を終えて紛争解決を図る手続です。

同一裁判所では年間10回までという制限があります。

原告の言い分が認められる場合でも、分割払や遅延損害金免除の判決がされることがあります。また、訴訟の途中で話合いにより解決することもできます(これを「和解」といいます)。

原告は、判決書又は和解の内容が記載された和解調書に基づき、強制執行を申し立てることができます。

 

預託金と年会費の相殺

なお、ゴルフ場経営会社側が預託金と年会費を相殺することも基本的には認められます。

もっとも、ゴルフ場経営会社による預託金と年会費の相殺の主張を退けた珍しい裁判例もあります(東京地裁平成19年4月25日判決)。

この事案では、ゴルフ場経営会社は、預託金据置期間を延長し、会員の退会申請に応じず、代償措置として年会費免除を申し出ましたが、会員は免除に必要とされる所定の手続きを取っていませんでした。

また、この会員は、年会費を支払わなくなる何年も前からゴルフ場を利用していませんでした。

東京地裁は、このような事実関係においては、被告(ゴルフ場経営会社)は、本件預託金の返還ができないという被告側の事情により据置期間を延長して、原告(会員)による被告ゴルフ倶楽部からの退会申請に応じず、その代償的措置として年会費を免除する旨を申し出ながら、免除通知書の不返送という手続上の不備を理由に、年会費の免除を受けるべき実質的理由があり、かつ被告ゴルフ場を利用しなかった原告に対して、年会費の支払請求を認めることは著しく公平に反するとして、年会費の請求は権利の濫用にあたり許されず、相殺もできないと判断しました。

「ゴルフ場セミナー」2013年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

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