熊谷信太郎の「ゴルフ場の使用者責任」

昨年の4月、京都・祇園で当時30歳の男性Aが軽ワゴン車を運転中に暴走事故を起こし、運転者を含む8名が死亡、11人が重軽傷を負うという痛ましい事故があったことは記憶に新しいと思いますが、本年3月、男性Aを雇用していた呉服店の女性社長が業務上過失致死傷で書類送検されました。

事故原因は、最終的に男性Aの持病のてんかん発作であると判断され、同社長は、男性Aが持病のてんかん発作で事故を起こす可能性があると知りながら運転をやめさせなかったとして、業務上過失致死傷容疑で書類送検されました(男性Aは自動車運転過失致死傷容疑で被疑者死亡のまま書類送検)。

この事故がきっかけとなり、病気の影響で交通死亡事故を起こした場合の罰則を強化する新法案が閣議決定されたことをご存知の方も多いと思います。

報道によりますと、同社長は一貫して容疑を否認しているということですが、京都府警は、同僚等から得られた証言や社長の携帯電話にその従業員の主治医の電話番号が登録されていたこと等から総合的に考えて、男性Aが車の運転に適さないことを同社長が認識していた可能性が高いと判断したようです。

一方、遺族らによって、男性Aの遺族及び雇用者だった企業に対して、損害賠償を求める民事裁判も進行中のようです。

ゴルフ場においても、クラブバスの運転を業務としているような場合に限らず、キャディであっても日常的にカートを運転することが考えられ、自動車の運転はゴルフ場内外で頻繁に行われます。

てんかんの発作は重大な事故につながる可能性が高く、新規採用者や在職者の健康状態を把握することが重要となります。

では使用者は、てんかんや精神疾患、B型肝炎やHIVウイルスのキャリアであるといった従業員の身体的な問題をどのように把握すればよいのでしょうか。

今回は従業員の健康状態の把握と使用者責任について検討したいと思います。

 

使用者責任とは

使用者責任とは、ある事業のために他人を使用する者(使用者)が、被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えた場合にそれを賠償する責任のことをいいます。

使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは免責されますが(民法第715条第1項)、裁判例では免責を容易に認めていないので、実質的には無過失責任に近い責任となっています。

なお、使用者に代わって事業を監督する者も使用者としての責任を負うとされています(民法715条第2項)。

使用者責任の要件は以下のとおりです。

①使用関係が存在すること

使用者責任が発生するには、使用・被用の関係にあることが必要ですが、雇用関係の有無、有償・無償、継続的・臨時的等の区別を問わず、実質上の指揮監督関係があればよいとされています(大判大正6年2月22日民録23輯212頁)。

したがって、下請負人の場合は、原則的には使用関係にありませんが、元請負人の実質上の指揮監督下にある場合には、使用者責任が発生する可能性があります。

ゴルフ場においても、例えばコース管理を外注した場合に、その会社の従業員が交通事故を起こし、実質上の指揮監督関係があるような場合には使用者責任を問われる可能性がありますので注意が必要です。

②事業の執行についてなされたものであること

事業の執行に伴って損害を与えたことが条件となりますが、その範囲は本来の事業の範囲に限らず、客観的・外形的に使用者の支配領域下にあればよいとされています(外形標準説)。

③第三者に損害を加えたこと

第三者へ被用者が損害を加えたことが709条の不法行為の成立要件を満たすことが必要です。

④使用者に免責事由のないこと

使用者が相当な注意を払った等の免責事由についての立証責任は使用者側が負担します。

 

採用の自由

てんかんの患者については、仕事中に発作が起こった場合の支援体制や安全配慮義務について明確な基準を設けにくいことから、事業主にとってリスクが大きく、事前に分っていれば採用を回避したい気持ちが働くものと思われます。

では、採用段階で、就職希望者に対し既往歴について申告を求めることは許されるのでしょうか。

この点、既往歴の確認は就職差別にあたるとしてこれに否定的な産業医もいるようです。

しかしながら、企業には、経済活動の自由の一環として、その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているので、採否の判断の資料を得るために、応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえます(三菱樹脂事件判決、後述)。

この点、金融公庫事件において、東京地裁平成15年6月20日判決も、労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから、企業が、採用にあたり、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できるというべきであると判断しています。

この判決の趣旨からすれば、てんかんの発作は重大な事故につながる危険性が高いので、予想される労務提供の内容に自動車やカートの運転が含まれるクラブバスの運転手やキャディとしての採用のような場合には、てんかん等の既往歴の調査や申告を求めることも許されるものと考えられます。

 

労働安全衛生法

使用者には、雇入れ時の健康診断や定期健康診断実施の義務が課せられており(労働安全衛生法66条、同規則43条、44条)、義務違反には罰則が規定されています。

健康診断の受診項目には「既往歴の調査」がありますが、医師がどの程度まで問診を行う義務があるのか、又は労働者がどの程度まで医師に自己申告しなければならないか、といった具体的基準や指針は定められておらず、「一般的に求められる労働能力に支障のある病気に罹患したことがあるか」という観点から、形式的に問診が行われているのが実状のようです。

また、労働安全衛生法違反は刑事責任を問うものですから、民事上の責任を免れることはできず、「健康診断による申告がなかった」、又は「既往歴の確認が適切に行われていなかった」ということをもって、使用者責任を免れることができると考えるのは危険です。

今回の事故をきっかけに、今後行政から既往歴確認に関する指針等が設けられる可能性はありますが、現状において、今回のような事故における使用者責任を回避・軽減するためには、従業員に対する既往歴の調査等が必要不可欠となるものと考えられます。

 

心身の故障を理由とする本採用の許否、健康診断受診命令

既往歴の調査の結果、心身の故障が判明した場合、①治癒しているかどうか、治癒していなければ治癒の予定、②債務の本旨に従った労務提供が今後継続的にできるか等を踏まえて、採用内定の取消、本採用の許否を判断することになります。

この点、いわゆる三菱樹脂事件において最高裁は、

㋐企業者は、契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない

㋑思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない

㋒企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、これに関連する事項についての申告を求めることも、法律上禁止された違法行為とすべき理由はないと判示しています(最高裁昭和48年12月12日判決)。

また、心身の故障を疑わせる従業員に対しては、健康診断の受診を命ずることができると考えられます。

この点、電電公社帯広局事件において最高裁は、就業規則に健康診断受診に関する規程がある場合には、健康診断受診命令に基づき受診を命じ、これに反した場合には懲戒処分も可能であると判断しました(最高裁昭和61年3月31日判決)。

また、京セラ事件において最高裁は、就業規則に規定がなくとも、労働者に何らかの故障のあることがある程度明確になっている場合には、健康診断の受診を命ずることができると判断しました(京セラ事件・最高裁昭和63年9月8日判決)。

 

プライバシーの保護との関係

一方、従業員のプライバシーの保護の観点から、調査事項や調査方法によっては応募者や在職者のプライバシーを侵害する可能性もあるので、使用者の調査の自由も全く無制約ということではありません。

近年、プライバシー権が重視されており、B型肝炎やHIVウイルスなどの労働能力と関連性の薄い疾病についての調査に関して否定的な立場をとる裁判例もありますので、注意が必要です(東京都警察学校事件・東京地裁平成15年5月28日判決、金融公庫事件・東京地裁平成15年6月20日判決)。

従業員のプライバシー保護に配慮し、労働能力との関連性に留意した上で既往歴の確認を行うことが必要でしょう。

なお、会社が実施する健康診断における労働者の健康・医療情報は、健康診断実施義務(労働安全衛生法66条)、健康診断結果通知義務(同法66条の6)が課せられていることから、会社帰属情報といえ、またそのアクセスにつき労働者から黙示の同意が得られていると言えます。

 

てんかんの持病が判明した場合

採用後にてんかんの持病があることが判明した場合、職種変更・職場変更は使用者の労務管理・人事権に基づいて行うことができます。

さらに、てんかんの持病があることを隠して就職したことは重大な経歴等の詐称に該当し、ほかに配置転換ができないと客観的に判断される場合は、懲戒解雇の事由に該当する可能性が高いと考えられます。

ゴルフ場においても、クラブバスの運転手やキャディにてんかんの持病が判明した場合、同様の業務に使用し続けることは絶対に避けなければなりません。

なお、今回のような不幸な事故を招かないためには、本人の申告による情報収集だけに頼るのではなく、使用者や上司による従業員の日常観察が重要と考えます。

このような問題が起こる前にはその予兆として「遅刻しがちになる」「定期的に休暇を取得するようになった」等の異変が潜んでいると言われます。

従業員に心身の故障が疑われる場合には、日頃から観察するとともに、その状況、経過、対応等につき詳細な記録を残していくことが大切でしょう。

「ゴルフ場セミナー」2013年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

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