良い天気の日に、広々としたコースを歩いてゴルフを楽しむのも良いですが、乗用カーに乗り、爽やかな風を受けてプレーをするのも快いものです。
乗用カーはたいへん便利な乗り物である反面、ささいなことがきっかけで大事故につながってしまうこともあります。
今年8月、兵庫県のLカントリー倶楽部で、乗用カーを運転していたプレイヤーの男性が、下り坂のカーブを曲がり切れず斜面を転落、運転していた男性は死亡、同乗者も怪我を負うという痛ましい事故がありました。同CCでは、その4日後にも乗用カー事故が発生したそうです。9月に入ると、北海道のゴルフ場でも、坂を走行中の乗用カーがコースを外れ、木に激突し、プレイヤー4名が重軽傷を負いました。
乗用カー事故といえば、昨年11月には、高知県のゴルフ場で、男子プロゴルフツアーが開催されている真っ最中に、報道陣の乗用カーが暴走し、観客に怪我を負わせるという事故が大きな話題になりましたが、今回の一連の事故は、死者まで出てしまったこともあり、業界紙やスポーツ紙だけでなく、全国紙でも大きく報じられています。
乗用カーの事故については、昨年の本誌7月号でも取り上げ、ゴルフ場がなぜ乗用カー事故の責任を負うのか、損害賠償、特に慰謝料の相場はどれくらいか、といった点について、実際の事件を例に挙げて説明をしました。今回は、相次ぐ乗用カー事故について、事故増加の背景を明らかにし、ゴルフ場はどのような対策をすべきかという点を中心に説明したいと思います。
事故増加の背景
ゴルフは本来歩いてするスポーツですが、乗用カーの登場で、キャディーなしのセルフプレーも可能になり、手軽に、かつスピーディーにプレーを楽しむことができるようになりました。最近では、多数のゴルフ場で乗用カーを導入するようになり、フェアウェイまで乗り入れることができるゴルフ場もあります。中には、フェアウェイへの乗り入れは可能であるが、乗用カーの重みでラフの芝が寝てしまうと、ラフの意味がなくなってしまうということで、ラフへの乗り入れは禁止、というゴルフ場もあります。
アメリカなどでは、早くから乗用カーが普及しており、乗用カーに慣れているプレイヤーが多いようですが、乗用カーでボールを捜しに行って、そのまま池に落ちてしまった、というような事故も時にはあるようです。また、日本とは異なり、2人乗りの小型乗用カーも多く、芝に与える負担が比較的少ないためか、フェアウェイへの乗り入れ可能というゴルフ場が多いように見受けられます。
乗用カー事故が増加した背景には様々な事情があると思われますが、以下のような理由が指摘されています。
①コース設計とセルフプレー
日本でも急速に普及してきた乗用カーですが、既存のゴルフ場は、必ずしも乗用カーの利用を前提として設計されたわけではありません。乗用カーを後から導入したため、どうしても急なカーブや坂道を通行せざるを得ない場合も多くあります。
それでも、カート道の危険個所を熟知したキャディーが運転するのであれば、急なカーブや坂道では、速度を十分に落として慎重に運転するなどの対応が可能ですが、折からの不況の影響もあり、セルフプレーが増え、プレイヤー自身が運転するケースが多くなったことが、事故増加の大きな原因であると言われています。
②法制度と運転自体の不慣れ等
乗用カーは、ゴルフ場内を走行するため、公道を走る自動車と異なり、運転免許は不要です。自動車を運転する人であれば、乗用カーの運動特性も把握しやすいと思いますが、運転免許を持っていない人の場合には、乗用カーの動き方を把握できず事故につながりやすいでしょう。数年前のアメリカ国内の調査報告によれば、アメリカ国内の乗用カー事故の3割に、子供が関わっているそうです。必ずしもゴルフ場内で起こった事故ばかりでなく、空港やイベント会場での乗用カー事故も調査対象となっているようですが、乗用カーに関する無理解が原因と思われます。
自動車の場合、飲酒運転は大変危険であり、万が一そのような行為を行えば厳罰が科されます。しかし、乗用カーの場合、お昼にビールを飲んでから乗用カーを運転するプレイヤーをゴルフ場が黙認している場合もあります。直ちに交通法規に違反するものではないかもしれませんが、乗用カーであっても飲酒運転が危険であることに変わりはありません。
また、冒頭で紹介した事故の死傷者は、高齢の方々です。乗用車の場合でも、運動能力や判断力・注意力の低下から、高齢者が起こす交通事故が問題となっていますが、乗用カーでも同じことが言えるかもしれません。
③乗用カーの設計
乗用カーの多くは左ハンドル車です。右ハンドル車を製造しようとすると、アクセルと右前輪の位置が重なってしまい、不都合だということです。日本の乗用車は右ハンドルが多いので、運転免許を持っていても、左ハンドルに不慣れで、乗用カーは運転しにくいと感じるプレイヤーもいるようです。
また、乗用カーは自動車に比べて重心が高く、坂道や急カーブで転倒の危険があります。転倒まで至らなくても、自動車と違って乗用カーにはドアがありませんから、急カーブで同乗者が乗用カーから投げ出されてしまう危険性もあります。数年前には、茨城県のゴルフ場で、キャディーが運転する乗用カーが急カーブを曲がる際、プレイヤーが乗用カーから転落、アスファルトで頭部を強打して死亡するという事故もありました。
乗用カーには、ガソリンで走行するものと、電気で走行するものがあります。電気で走行するものは、音が静かであるという意味で優れていますが、周囲にいるプレイヤーが、近づいてきた乗用カーに気がつかず、乗用カーの進路に飛び出して衝突事故が発生するということもあります。
求められる注意義務の程度
乗用カーの事故が増加しているとはいっても、乗用カーはセルフプレーには欠かせません。また、最近の乗用カーは、ナビゲーションシステムが搭載されていて、「グリーンまで200ヤードです」「右はOBです」などと音声で知らせてくれるものもあり、単なる移動・運搬の道具という域を超えた、大変便利なものになっています。多くのプレイヤーにとって、また、ゴルフ場にとっても、乗用カーは、なくてはならないものになっており、ゴルフ場としても、乗用カー事故への対応策を講じなければなりません。
ゴルフ場は、プレイヤーに対し、安全配慮義務を負っています。予め想定される危険については、できるだけその原因を除去し、もし除去することが難しいのであれば、プレイヤーに注意を促し、危険を回避させることが必要です。
ここでゴルフ場が気をつけなければならないのは、プレイヤーに対してどの程度の注意をすればよいか、ということです。
わかりやすく言えば、そのゴルフ場を初めて利用する人でも、どこが危険な場所なのか、必ず気がつくように工夫をしなければなりません。コースキャディーやメンバーだけが危険な場所を知っている、というのでは全く不十分なのです。また、危険な場所にさしかかったら、誰でも容易に危険を回避できるよう、注意を促すタイミング等にも気をつけなければなりません。
誰にでもわかるようにする、という意味では、最近は外国人プレイヤーも増加していますから、日本語表記をするだけでなく、英語などの外国語表記も併用するなどの対応も望まれます。最近の中国・韓国からの来場者の急増を考えると、いずれは中国語・韓国語での案内を検討するゴルフ場が増えてくるかもしれませんが、当面は日本語と英語の併用で十分なのではないかと思われます。
具体的な対応策
まず、根本的には、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけなくし、乗用カーでの事故が起こりにくいレイアウトに改修することが考えられます。しかし、昨今の厳しい経済情勢の中、それだけの予算や空間を確保できるゴルフ場は極めて少数でしょう。
次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが考えられます。何より、危険な場所を、プレイヤーに対し、事前に確実に知らせる、ということが重要です。危険な場所にさしかかる手前に看板等を設置するということは、実施が容易で、高い効果も見込まれることから、どのゴルフ場でも行っていると思います。しかし、せっかくの看板等も、ゴルフ場に求められる安全配慮義務を充足するレベルのものでなければ意味がありません。コースの美観を損ねないように配慮しつつも、キャディーや、そのコースに慣れたメンバーではなく、初めてそこを通ったプレイヤーであっても、また、外国人プレイヤーであっても、すぐにわかるような案内になっているか、という観点から再確認をしてはどうでしょうか。カート道に色を塗って、危険な場所を知らせるゴルフ場もあります。危険な場所に近づいた場合、アナウンスを流して音声で知らせるということも考えられます。カート道の脇に音声案内装置を設置する方法や、乗用カーに搭載されたナビを利用する方法があるでしょう。危険な場所に差し掛かる直前に、カート道に突起物を設けたり、S字クランクを設けたりして、強制的に減速させ、事故を未然に防ぐということも考えられます。衝突事故を防ぐため、電気で走行する乗用カーについては、乗用カーが近づいたことを周囲のプレイヤーに知らせるため、鈴をつけているゴルフ場もあるようです。万が一の事故の場合の損害を最小限に防ぐため、転落防止用の柵を設置することも、ゴルフ場が比較的簡単に行うことができる対応策ではないでしょうか。
プレイヤーが乗用カーに乗り込む前からできる安全対策もあります。カート道の地図を配布して危険な場所を明示して、運転するプレイヤーに注意を促すことも有効です。乗用カー利用規則を作成し、プレイヤーが来場したときには、その規則に基づいた注意書を配布し、プレイヤーには、利用規則を遵守して乗用カーを利用することを誓約のうえ、署名をしてもらう方法も考えられます。その際には、合理的な内容の免責条項も盛り込んでおくと、後々のトラブルの際の助けになり得るでしょう。自動車の運転免許を持っているプレイヤーだけが乗用カーを運転することができる、飲酒をした場合には乗用カーを運転させない、というルールを設けることも考えられます。
ゴルフ場がいくら注意をしていても、不幸にして事故が起こってしまう可能性もあります。ゴルフ場やプレイヤーが保険に加入するということも、大切なリスク回避の方法です。
「ゴルフ場セミナー」2010年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎