平成24年5月31日、大阪高等裁判所は、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側全面逆転勝訴の判決を下しました(以下、一審判決を「大阪地裁判決」、控訴審判決を「大阪高裁判決」といいます)。この裁判において、筆者は主として控訴審から地主側で関与しました。今号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介します。
事案の概要
この裁判は、大阪中心部より直線距離で約10㎞、車で30分程度の場所にあるゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」)を経営する会社(以下「本件経営会社」)に対し、ゴルフ場用地として土地を貸していた地主らが、賃貸借契約または使用貸借契約の終了に基づき土地の明渡しを求めたという事案です。
本件経営会社は昭和35年に同族会社として設立され、昭和49年に本件ゴルフ場をオープンしました。その後、平成6年11月に再び大規模な開発工事を行い、コースを1.7倍に拡張してリニューアルオープンしました。
土地Aは昭和48年ころ、土地B〜Eは昭和61年〜63年ころに、地主A〜E(またはその親族)が、本件ゴルフ場の当時の経営者が経営していた別会社(以下「旧経営者一族」)に賃貸し、その後旧経営者一族がその賃借権を本件経営会社に譲渡するなどしました。
各土地の位置関係は、概ね図のとおり。いずれもプレーへの影響は避けられない重要部分です。特に土地A~Cは、グリーンやFWのプレイングゾーンに大きくかかり、ホールの距離やレイアウトの変更を余儀なくされる重要部分でした(以下土地A〜Eを「本件各土地」、地主A〜Eを「地主ら」といいます)。
平成17年5月26日、本件経営会社に対し民事再生手続開始決定がなされましたが、本件経営会社の債権者の1人が、同年7月8日付で、会社更生手続の開始を申立て、裁判所は同月31日に会社更生手続開始決定をしました。こうした中、地主らは平成17年8月12日、本件訴訟を提起しました。
そして平成18年6月30日、旧経営者一族とは何ら関係のない会社をスポンサーとする更生計画が認可され、同年10月30日に会社更生手続は終結しています。
大阪地裁判決
大阪地方裁判所は、本件賃貸借契約は期間満了又は解約申入れによって終了し、使用貸借契約は使用収益期間の経過により終了したが、権利の濫用に当たり許されないなどと判断して地主らの請求を棄却しました。
大阪地裁判決は、権利濫用の成否において、①ゴルフ用地として貸したのだから、相当長期にわたって契約関係を維持することが予定されており、地主らが本件各土地を必要としたときに返還するという合意などなかった②本件明渡請求を認めると、㋐集客力に影響する、㋑改修工事費用の負担が重い、㋒会社更生手続が終結したばかりで経営に大きな影響を与える、㋓昨今の経済状況が悪い、㋔明渡しが営業に及ぼす経済的影響は少ないとは言えないし、廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない、㋕廃業となれば地権者や会員が多大な損失を蒙り、地元自治会の期待に反することなどを理由に、経済的不利益が甚大であるとして、地主らの請求は権利濫用にあたり許されないと判断しました。
大阪高裁判決
これに対して大阪高裁では、使用貸借である土地Aについては明け渡しを認める訴訟上の和解が成立したので(後述)、賃貸借部分について判断し、本件各賃貸借契約は期間満了又は解約申入れにより終了しており、地主らの本件各土地の明渡請求は、本判決確定後1年の猶予期間を設ければ、権利の濫用とは認められないと判断し、地主側が全面逆転勝訴しました。
大阪高裁判決は、権利濫用にあたるか否かは、㋐主観的要件と㋑客観的要件に従って判断する必要があり、とりわけ㋑のみで判断する場合には、巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとした上で、以下の事実に照らせば、地主らの明渡請求が権利の濫用に当たるとは評価できないと判断したのです。
①本件各賃貸借契約は、地主らと旧経営者一族との間の特別な信頼関係の下で締結されたものであり、本件ゴルフ場の経営が旧経営会社一族の手から離れた場合に、地主らが契約解消を求めても、契約当時の当事者の意思に反するなどとは言えない。
②本件経営会社が、本件各土地を全部明渡した場合においても、相当な蓋然性をもって本件ゴルフ場が閉鎖・廃業に至るとまでは認められず、コースレイアウトを変更の上、営業を継続できる可能性が高いと認められる。
③土地返還後に地主らが本件ゴルフ場内を通って本件各土地に往来しても、必要な措置を講じれば、その安全性が確保される。
④本件経営会社は、会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であると考えられ、コースレイアウトの変更のための改修工事費用等の負担については、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないといえる。
⑤したがって、土地返還が利害関係人に与える影響もそれほど大きくはなく、利害関係人の不利益を大きく評価することは相当ではない。
⑥地主らは返還後に自ら農地等として利用する予定を有している。
⑦地主らの明渡請求には、本件経営会社を害する目的が認められない。
⑧会社更生手続という事情は、権利濫用を基礎づける積極事情とはいえない。
先の大阪地裁判決は、前号で説明した『鹿島の杜カントリー倶楽部事件』における判決と論理構成や結論がよく似ており、これを先例として意識し判断していると推測できます。
しかしながら本件事案は、鹿島の杜CCの事案と全く異なるものであり、むしろ前号の鷹之台カンツリー倶楽部の事案によく類似しています。
以下、判断のポイントとなった点について、本件事案と各々の事案との比較もしながら、見ていきます。
①ゴルフ場の経営継続の可能性
鹿島の杜CC事件判決は、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置等を大幅に変更しなければならなくなることも容易に予想される土地であることを理由の1つとして、地主らの請求を権利濫用であると判断しています。このゴルフ場はコースレートが日本一であることを売り物にしていましたので、この点も判断の重要なポイントの1つとなったと思われます。
これに対して鷹の台CCにおいては、土地返還後の残地面積は54万8481㎡であり、残地のみでチャンピオンコースを造ることは不可能ではあるとしても、18ホールのゴルフ場を造ることは可能であるとして、権利濫用には当たらないと判断しました。
一方、本件事案において、本件経営会社側は、土地返還後に18ホールのゴルフ場を維持しようとすると、「4844Y、パー64」のコースになってしまうという改修案を提出し、その工事費用は3億324円にも上ると主張しました。そして本件各土地を明渡した場合には経営を継続できず、閉鎖・廃業せざるを得ないと主張しました。
これに対し地主側は、本件各土地を返還した場合でも、ホールを短く設定するなどのコースレイアウトの変更により、18ホール合計で「5532Y、パー71」のゴルフ場を維持できるという具体的な改修案を示し、その工事費用も約1億5000万円程度で足りると主張しました。この改修案は、本件ゴルフ場の設計も担当した著名な設計家からも、合理的なものとして承認を得ています。
さらに、この改修後も来場者数は年間3万7000人、キャッシュフローも年間7000万円程度確保でき、本件ゴルフ場の隣接地で経営しているゴルフ練習場で年間約1億5000万円のキャッシュフローが見込まれることから、改修費用だけで本件ゴルフ場が倒産の危機に瀕するとは認めがたいと具体的に主張しました。また、コース改修工事にあたっては、9ホールずつ改修するなどの工夫によりゴルフ場全体を閉鎖する必要はなく、実際、平成6年の改修の際には半分ずつ改修したことも主張しています。
廃業可能性の判断基準について
ゴルフ場廃業の可能性について、大阪地裁判決は、「本件経営会社は会社更生手続が終結したばかりであることに加え、昨今の経済状況等を併せ考えると‥‥本件ゴルフ場を廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない」と、抽象的な可能性をもとに判断しています。
これに対し大阪高裁判決は、「本件ゴルフ場が土地返還後に改修を余儀なくされたとしても、閉鎖・廃業されることが相当程度の蓋然性をもって立証されたとは到底認められない」として、相当の蓋然性という具体的な判断基準を採用しています。
この点が、両判決での『権利濫用の成否の判断』を分ける大きな理由の1つと思われます。
本件各契約の当事者について
また、本件各契約の当事者についても、大阪地裁判決は、会社更生手続によるスポンサーという実質を重視せず、被告は本件経営会社であるから、経営母体であるスポンサーが本件訴訟の継続を知りながら経営権を取得したとしても、権利濫用に当たるか否かの判断には関係しないと結論づけました。
これに対して大阪高裁判決は、本件経営会社は会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であり、改修工事費用等の負担については、会社更生手続におけるデューデリジェンス等により返還可能性の情報を入手し、そのリスクを前提とした価額で経営権を取得しており、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないと結論づけました。
②地主らの土地利用法
鹿島の杜CC事件においては、地主は返還後の土地利用について具体的な計画を有していなかったのに対し、鷹の台CC事件においては、特別養護老人ホーム等を設置経営するという具体的で実現可能な計画を有していました。
本件事案においては、本件各土地は一団の相当な面積の土地であって、地主らは「大都市近接型農業を行う、障害者を雇用して梅、レモン、椎茸を栽培する果樹園を営む、ゴルフ場用地として賃貸する前と同様に農地として使用する」などの具体的な予定を有しており、この点も権利濫用該当性を否定する重要なポイントになっています。
③立地条件等
また、本件ゴルフ場は冒頭のように大阪中心部から極めて近いという立地条件が、その業績に最も影響していました。
本件各土地はいずれもプレーへの影響は避けられない重要部分であり、本件各土地を明渡すことにより、特定のホールの距離やコースレイアウトを変更する等の措置を講じることが余儀なくされることは明らかでした。それにも関わらず、前記立地や措置後のレイアウトからすれば、営業収入にさほどの影響はないものでした。
すなわち、本件各土地を返還したとしても、平成6年の改修前(5070Y パー70)の1.6倍程度のコース面積は確保でき、地主側改修案によれば5532Y、パー71のゴルフ場を維持できるので、平成6年以前も年間5万人を超える来場者があり繁盛していたことから、土地返還後も、入場者数を維持して十分な営業利益を確保することが可能であると考えられたのです。
④期間満了の場合の更新
大阪高裁判決は、地主らは旧経営者一族と親族等の特別な関係にあること、更新条項は存在しないこと、地主らは旧経営者一族の「必要となったら必ず返す」「20年経ったら必ず返す」という言葉を信じて契約を締結したこと等の事情があることを認めています。そして、本件ゴルフ場が存続する限り土地返還を求めることを予定していなかったとは言えず、経営が旧経営者一族の手から離れた場合、地主らが明渡しを求めても、契約当時の当事者意思に反するものではなく、身勝手な態度と評価されるものではないと判断しました。
使用貸借部分について
無償の使用貸借契約である土地Aを返還すると、特に18番(330Y、パー4)ではティを前方に移動して、距離を189Yへと短くすることを余儀なくされます。が、このホールはアイランドグリーンで、距離は短くなっても難易度の高いパー3のホールとして使用可能でした。
にもかかわらず、大阪地裁判決は土地Aについても格別の考慮をせず、地主らの各請求を一括して、権利濫用に当たるとしていました。
使用貸借は、当事者の人的関係を基礎とした貸主の恩恵的な貸与によって成り立つ契約であって、民法においても、当事者が利用目的は定めたが返還時期を定めなかったときは、借主は、目的に従い使用収益を終わった時に返還しなければならない(597条2項本文)、ただし、使用収益を終わる前であっても、使用収益に足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求できる(同条項ただし書)と規定しています。
そして、使用収益期間の経過については、経過年月、無償貸借に至った事情、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の事情を比較較量して判断すべきとされています(最高裁判所・平成11年2月25日判決)。
本件事案においては、①契約後約37年が経過しており、②本件契約は地縁血縁に根差した特殊な人的信頼関係により締結され、③その後の会社更生手続により、地元とは縁もゆかりもない人物が経営権を取得していることから、④ゴルフ場としての利用が現在も継続し、借主側に高い利用の必要性が継続的に存在していることには疑いがないとしても、経営者と地主との間の人的関係が断絶した場合には、契約継続の基礎を失うと考えられ、⑤地主は80歳を超える高齢で、存命中に土地返還を受け子孫に引き継いでおきたいという思いは尊重されるべきであることから、使用収益期間は経過していると考えられます。
これらは権利濫用の成否の判断ともほぼ重なるため、使用収益期間の経過を認めながら、返還請求が権利濫用であるとされる可能性は、相当考えにくいと思われます。しかし大阪地裁判決は、使用収益期間の経過を認めながら十分な検討もなく、他の賃貸借部分と同様に、地主Aの請求を権利濫用としてあっさり否定しています。まさに権利濫用論の濫用ともいえる残念な判決でした。
控訴審では裁判所もこの点に注目し、論点として十分主張立証がなされました。地主側は、権利濫用との主張は容認されるべきものではないとする高名な民法学者の意見書を提出し、大阪地裁判決に反論しました。その結果、高裁裁判官の強い勧告のもと、地主Aに返還する訴訟上の和解が成立しています。
ゴルフ場経営やM&Aの注意点
大阪高裁判決は、借地問題を抱えるゴルフ場経営者にとって衝撃的な結果であり、真剣に借地問題に取り組まなければならないとの警鐘を鳴らすものでしょう。
ゴルフ場経営者の借地問題への取り組みとしては、差し当たり以下のようなことが考えられます。
使用貸借契約については、少なくとも固定資産税相当額程度はゴルフ場側で負担するなどして、賃貸借契約に切替えることが急務です。
借地の買取り、賃貸借契約期間の長期化、地主との円満な関係の維持も必要でしょう。また、クラブハウスの敷地はコース敷地の賃貸借契約とは別個に借地契約を締結しておけば、借地借家法(旧借地法)上のいわゆる借地権として保護されます。
さらに、地主と交渉し、地上権にしてもらうことも考えられます。地上権は、地主と借主の間の地上権設定契約によって成立する物権であり、債権に過ぎない賃借権よりも強い権利です。
また、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。借地があることはその内容によってはディスカウント要因になり得ます。デューデリにおいては、形式的に賃貸借契約期間などの調査では足りず、地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げが必要で、安易に権利濫用論に寄りかかって借地問題を軽視することがあってはなりません。
「ゴルフ場セミナー」2012年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎