熊谷信太郎の「労働安全衛生法②」

今年6月、群馬県のゴルフ場で、土砂の運搬などに使う建設機械のバケット部分に乗って木の枝を切る作業をしていた男性作業員が、バケットから約3メートル下の地面に転落して死亡する事故がありました。ゴルフ場経営会社と安全管理責任者は、建設機械を主な用途以外に使用したとして、労働安全衛生法違反の疑いで書類送検されました。ゴルフ場は再発防止に努めるとコメントしています。昨年9月にも、三重県のゴルフ場で、男性作業員が貨物自動車で作業中、カート道路脇の路肩から車両とともに法面の下3.3mに転落し、車の車体と地面に胸部を挟まれ死亡する事故が発生しています。

平成22年の休業4日以上の労働災害による死傷者数は、全事業で11万6733人、ゴルフ場においては1187人が被災しています(プレーヤーの事故は除きます)。事故は「転倒」が最も多く4割程度を占め、上記のような「墜落・転落」による事故も1割程度を占め(以上、厚生労働省「労働者私傷病者報告」)、キャディの災害が6割強、次いでコース管理員が2割強を占めています(日本ゴルフ場支配人連合会による調査)。

このように頻発する労働災害ですが、その中には不可避的なものもあるように思われるものの、労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成することは企業の法的義務として求められるところです。

労働者の安全と健康を守らなければならないことは労働安全衛生法で規定されています(以下「労安衛法」)。労安衛法については以前本誌でも取り上げましたが、事故頻発を受けて、警鐘を鳴らす意味で再度検討したいと思います。

使用者の労働者に対する安全配慮義務については、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文化されています(労働契約法第5条)。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例も存在しますが、労働契約法には罰則がありません。

これに対し、事業者が労安衛法の規定に違反すると、多くの場合、懲役や罰金などの罰則が科されます。また、監督行政庁が事業者に対して、労働災害の発生防止のために、作業の停止や建物の使用の停止などを命じることもあります。

 

安全衛生管理体制

労安衛法1条は、「職場における労働者の安全と健康を確保」するという目的を果たすための手段の一つとして、「責任体制の明確化及び自主的活動の促進への措置を講ずる」ことを掲げ、これを受けて、労働災害を防止するため、必要な安全衛生管理体制について定めています。

ゴルフ場でも、経営トップから各作業別責任者まで、それぞれの役割、責任、権限を明らかにすることが大切です。

まず、労働者数が10人~49人の事業場では、支配人等を「安全衛生推進者」として選任し、その氏名を関係労働者に周知させる必要があります。50人以上の事業場では、「総括安全衛生管理者」「安全管理者」「衛生管理者」を配置し、労働基準監督署に選任報告を行うことが必要です。

以上の義務違反には、罰則が定められています(50万円以下の罰金)。

安全衛生管理体制の中でもその役割の重要性が近年注目されているものとして産業医の制度があります。

産業医とは、事業者に雇用され、又は事業者の嘱託として事業場の労働者の健康管理等を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられており、違反した場合の罰則は50万円以下の罰金が規定されています。しかし実際には、労働者数が50人以上100人未満の中小事業場では産業医の選任率が低いことが問題として指摘されています。平成8年の法改正により、常時50人未満の労働者を使用する事業場についても、医師等に労働者の健康管理等を行わせる努力義務が課され、国が必要な援助を行うことが定められています。

 

健康の保持増進のための措置

労安衛法は、事業者に、労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課しています。健康診断は、雇入れ時及びその後は1年ごと(深夜業等の特定の業務については、配置替時及び6か月ごと)に1回、定期に実施することが必要です。実施義務違反には50万以下の罰金が規定されています。

健康診断を実施したら、その結果に基づき従業員の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し、必要があるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません。

また、平成17年の法改正によって、長時間労働者への医師による面接指導の実施も義務付けられました。具体的には、週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは、事業者は、医師による面接指導を行わなければなりません。それ以外の労働者についても、長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や、健康上の不安を有している労働者などについて、事業者は医師による面接指導又はこれに準ずる措置を取らなければなりません。但し、違反しても罰則規定はありません。

 

メンタルヘルスケア

健康には心の健康も含まれます。厳しい経済情勢の中、職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は近年増加しています。業務に密接な関係があると判断されたメンタルヘルス不調者は労災の補償対象となり、その件数も増えてきています(平成19年厚生労働省による労働者健康状況調査)。事業者が民事上の損害賠償責任を問われる例も出ています。

ゴルフ場においても、メンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に実行する体制づくりを行う必要があります。ここで参考になるのが、平成12年に厚生労働省が作成した「労働者の心の健康の保持増進のための指標」の示す、4つのケア(①セルフケア、②ラインケア、③事業場内産業保健スタッフによるケア、④社外の専門機関によるケア)です。

①セルフケアとは、自分の体調や心の状態を把握することです。心の健康を保つためには、労働者が自己のストレスに対する反応の現れ方や、心の状態を正しく把握することが不可欠です。そこで事業主は従業員に対し、セルフケアに必要な教育や情報(メンタルヘルスケアに関する事業場の方針、事業場内の相談先や事業場外資源の情報等)を提供することが必要となります。

②ラインケアとは、管理監督者が社員へ個別の指導・相談や職場環境改善を行う取り組みのことです。管理監督者は、部下にあたる労働者の状況を日常的に把握でき、具体的なストレス要因やその改善を図ることが可能であるため、労働者からの相談に対応し、職場環境を改善すべき立場にあります。事業者は管理監督者がこれを実行できるよう、ラインによるケアに関する教育・研修、情報提供を行う必要があります。

③産業医等の事業場内産業保健スタッフは、セルフケアやラインによるケアが効果的に実施されるよう、労働者及び管理監督者に対する支援を行うとともに、具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口となること等、具体的なメンタルヘルスケアの実施にあたり中心的な役割を果たすことが期待されます。

④さらに、メンタルヘルスケアを行う上では、事業場が抱える問題や求めるサービスに応じて、専門的な知識を有する各種の事業場外資源の支援を活用することが有効です。また、労働者が相談内容等を事業場に知られることを望まないような場合にも、事業場外資源を活用することが効果的です。

職場でのメンタルヘルス対策の大切さは誰もが理解するところだと思いますが、何から始めたらいいのかわからないといった場合は、この4つのケアを基本に考えて職場で取り入れてみるとよいでしょう。

 

労働者の危険又は健康障害を防止するための措置

労安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するため、必要な措置を講ずるよう義務付けています。

事業者が講じるべき措置の具体的内容は技術的細部にわたることも多いため、具体的な措置の内容については、労安衛法規則(以下「規則」)の第2編「安全基準」に詳細に規定されており(101条~575条の16)、 これらの義務に違反した場合には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能がありますので注意が必要です。

例えば冒頭の群馬県の事例ように、建設機械を用いて作業を行なうときは、①建設機械の転落、地山の崩壊等による労働者の危険を防止するため、予め当該作業に係る場所について地形、地質の状態等を調査し、その結果を記録しておかなければならない(規則154条)、②調査により知り得たところに適応する作業計画を定め、当該作業計画により作業を行なわなければならない、③これを関係労働者に周知させなければならない(以上規則155条)、④建設機械の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、当該車両系建設機械の運行経路について路肩の崩壊を防止すること等必要な措置を講じなければならない(規則157条)⑤当該機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない(規則164条)等、詳細に規定されています。

 

熱中症対策

特に近年では熱中症対策が重要です。職場における熱中症の予防については、厚労省労働基準局安全衛生部の通達「熱中症の予防について」(平成8年5月21日付元発第329号)などにより取組みが推進されていますが、災害は後を絶たず、記録的猛暑であった平成22年の47人を最高に、平成10年以降概ね20人前後の労働者が熱中症で死亡しており、熱中症により休業(4日以上)した者も年間約300名(平成19年)に上っています。炎天下での作業の多いゴルフ場においては一層の注意が必要です。

具体的には、

①WBGT値(暑さ指数)を測定することなどによって、職場の暑熱の状況を把握し、作業場所のWBGT値の低減を図る、作業内容・作業計画の見直しを行い、作業環境や作業、健康の管理を行う(直射日光や地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を工夫する等して作業環境を整え、冷房完備又は日陰等の涼しい休憩場所を確保する、コース内に飲料水の備付を行う等)

②熱への順化期間(熱に慣れ、その環境に適応する期間)を計画的に設定する

③自覚症状の有無にかかわらず、定期的に水分・塩分を摂取させる

④特に熱中症の発症に影響を与えるおそれのある糖尿病などの疾患がある労働者への健康管理を行う

⑤作業を管理する者や労働者に対して、予め熱中症の症状や予防方法、救急処置等について労働衛生教育を行う

などの対策が必要となります。

「ゴルフ場セミナー」2015年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎