2010年4月1日より、神奈川県では「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行されています。この条例は、違反に対する罰則付きの条例として話題になりました。
ゴルファーにも愛煙家が多いと思いますが、今回は、受動喫煙防止に関する法律問題について説明したいと思います。
受動喫煙の害
愛煙家の中には、喫煙と肺癌の因果関係は立証されていないなどと強弁する人もいるようです。喫煙が自身の健康に無害であると信じることや、喫煙による各種癌や心臓血管系の疾病等への罹患リスク増加を知った上で甘受することは喫煙者の自由です。人には自己責任で体に悪いことをする自由も認められています。
しかし、問題は受動喫煙です。一般的にはタバコは身体に対して有害であると認められているうえ、喫煙者本人の害よりも、周囲の人間の受動喫煙の方がより有害であるという研究結果もあります。
ある医師の報告によれば、タバコの煙にはタール、ニコチン、一酸化炭素など、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。中でも、タールは発癌性物質や発癌促進物質、毒性物質を含み、一酸化炭素には動脈硬化を促進させる作用があるそうです。煙に含まれる発癌物質が体に吸収されると、臓器に蓄積され、肺癌、膀胱癌、肝臓癌、子宮頸癌や、慢性気管支炎、肺気腫、心筋梗塞、胃潰瘍、クモ膜下出欠、歯周病や不妊などを引き起こす原因になるそうです。
小児の受動喫煙による喘息や下気道疾患などの呼吸器感染症等の発症率を非喫煙者の子供と比較すると、2~5割も高く、また、喫煙者と30年以上同居している人は、喫煙者と同居したことがない人と比べて認知証の発症率が約30%も高いというデータもあるようです。
周囲の人間に対する迷惑は、単にマナーの問題にとどまらないのです。
ちなみに、この医師によれば、タバコによって解消されるのは「タバコを吸いたい」という欲求から生まれるストレスだけで、それ以外のストレスは全く軽減されないのだそうです。
受動喫煙防止に向けた取り組み
平成15年5月1日施行の健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法第25条)。ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っています。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」にすぎませんでした。
健康増進法制定と前後して、たばこによる害の広がりは、公衆の健康に深刻な影響を及ぼす問題であることが世界的に認識されるようになり、平成16年3月9日には、我が国も「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(たばこ規制枠組条約)に署名し、同条約は平成17年2月27日に発効しました。
平成19年6月から7月にかけて、同条約の第2回締約国会合(COP2)が開かれ、日本も、同条約発効後5年以内、すなわち平成22年2月までに、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。
この際に定められたガイドラインでは、「完全禁煙以外の措置は不完全だ」「全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきだ」「たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきだ」と定められていますが、「法的拘束力はない」とされています。
ガイドラインに定められた期限ぎりぎりの平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。
そこでは、「今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべきである。…(中略)…特に、屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である。」とされています。
神奈川県の条例
現在、受動喫煙防止に関して最も法的規制が進んでいるのは神奈川県です。
神奈川県では、昨年3月に、冒頭に述べた条例を定め、本年4月1日から施行されています。この条例は、官公庁やスポーツ施設等(第1種施設)を全て禁煙としています。ただし、これらの施設でも、喫煙所を設けることはできます。また、飲食店やホテル等(第2種施設)では禁煙だけでなく分煙も選択できますし、小規模な飲食店や宿泊施設等については、後述の罰則規定の適用はなく、この条例による規制はすべて「努力義務」とされます。
ここで、「禁煙」と「分煙」の違いについて説明しておきます。
一般的には、ある施設の中で全面的に喫煙が禁止されるのが「禁煙」、部分的に喫煙が禁止され、禁止部分に全く煙が流れ込まないような仕組みになっているのが「分煙」と言われます。ただし「禁煙」であっても、専ら喫煙のためだけに使用する「喫煙所」を設けることは許されることが多いでしょう。(屋内に専用喫煙室を設けただけでは「分煙」にとどまるとする県もあります。)
例えば、あるレストランで、喫煙所以外では一切喫煙できないというのであれば「禁煙」ですが、喫煙と禁煙の部屋を完全に分けて、禁煙の部屋に全く煙が流れ込まないように設備を整えたとしても、テーブルで喫煙できるのであれば、それは「分煙」にとどまる、ということです。
条例制定を受け、一部のファストフード店やファミリーレストランでは、神奈川県内の全店舗を禁煙化するとのことです。これに対し、居酒屋等では、禁煙としてしまうと、特に宴会等大人数で利用する場合の客足が遠のくとして、禁煙には慎重な姿勢を見せているようです。
神奈川県の条例の画期的な点は、施設管理者が禁煙措置を講じない場合等、知事は施設管理者に指導、勧告、命令ができ、命令に従わない場合には5万円以下の過料に処することとして、罰則をもって受動喫煙防止措置を義務付けた点です。
地方自治法14条3項を根拠として、地方公共団体は条例に2年以下の懲役等の罰則を定めることができますが、そもそも、国の法律で罰則が定められていないのに、都道府県レベルの条例で罰則を定めて良いのか、という問題があります。
これは結局法律の趣旨(法律に定めた趣旨、あるいは法律に定めない趣旨)の解釈の問題です。国が、その行為を一律に処罰しない趣旨で罰則を定めないのであれば、条例で罰則を定めることはできません(教科書で引用される例としては刑法改正による姦通罪の廃止等が挙げられます)。逆に、地域の実情に応じて罰則を定めても良いという趣旨であれば、条例で罰則を定めることもできます。
受動喫煙防止については、国レベルの法制度の整備が遅れているだけであって、条例で罰則を定めることを禁じるものではなく、むしろたばこ規制枠組条約のガイドラインの趣旨に照らせば、罰則を設けることが望ましいとすらいえるでしょう。
本年3月の報道によれば、知事選と重なった石川を除く46知事に対するアンケートの結果、静岡、京都、奈良、兵庫、和歌山、鳥取、鹿児島の7知事が、受動喫煙防止を目的にした独自の条例制定を検討中とのことで、京都及び奈良は、罰則の必要性も今後検討するとのことです。また、18知事が、国が罰則付きの法規制をすべきだと考えているのに対し、10知事が、国の罰則付きの法規制に反対しているそうです。
ゴルフ場における取組み
今後、世の中はますます禁煙の方向に進むものと思われます。ゴルフ場は、スポーツ施設ですから、特に禁煙化が強く求められるようになりますが、どのように禁煙化を進めるべきでしょうか。
クラブハウスの中をくわえタバコで歩き回るのは論外ですが、非喫煙者も利用する食堂や風呂場、トイレで喫煙をすることも受動喫煙につながりますので、法の趣旨からは認めるべきではありません。
コンペルームを原則禁煙、一部だけ喫煙可とすることは、喫煙者に配慮した穏当な方法のようにも思われますが、これではせいぜい「分煙」にとどまります。通常であれば、コンペ参加者の中に非喫煙者もいるでしょうから、受動喫煙防止という観点からは全く不十分です。
どうしても喫煙スペースを設けたいのであれば、専用の「喫煙室」を設置することが本来的な方法ですが、費用もスペースもない、という場合も多いでしょう。
そうなると、屋外に喫煙場所を設けるしかないということになります。しかし、屋外であっても受動喫煙の可能性はあります。また、ジュニアの育成が叫ばれている今、屋外においても、子供が来る可能性がある場所で喫煙をするべきではありません。日本ゴルフ協会や関東ゴルフ連盟もジュニア委員会を設け、ジュニアゴルファーの育成に力を入れています。前述した厚生労働省局長通知の「屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である」という指摘も忘れてはなりません。
ティーインググラウンド付近に灰皿を設置し、待ち時間に喫煙することは許されるかもしれません。ただし受動喫煙に対する配慮をしなければならないのは当然です。しかし、フェアウェーやグリーンでは、火災防止の観点やマナーの観点から、全面禁煙とすべきでしょう。コース売店でも、受動喫煙の害が大きいため禁煙とすべきでしょう。
当面、神奈川県以外の県では条例で罰則が定められていませんが、いずれ罰則付き条例が多数派になるのは目に見えています。神奈川県のゴルフ場は勿論のこと、他県のゴルフ場も早急にこれらの措置を講ずべきなのは言うまでもありません。
従業員への安全配慮義務
ゴルフ場において受動喫煙を防止するというのは、何もゴルフ場を訪れたプレイヤーのためだけではありません。従業員との関係においても、受動喫煙の防止は重要な課題です。
使用者は、事業遂行に用いる物的施設及び人的施設の管理を十全に行うなど、従業員の職場における安全と健康を確保するため、十分な配慮をしなければなりません。これを安全配慮義務といいます。
勿論、使用者としても、従業員の安全や健康そのものを保障できるわけではなく、結果責任を問うことは妥当ではありませんが、受動喫煙の害について広く認識されるに至った今日において、職場における受動喫煙を防止する措置を講じることは、使用者が負うべき安全配慮義務から導かれる要請です。
もっとも、工場設備の管理に明らかな不備があって事故が起こり、従業員が怪我をしたというような場合と異なり、受動喫煙と従業員の健康被害との間に相当因果関係があることを立証することは、実際問題としては非常に困難であると思われます。
しかし、訴訟等になった場合の立証が困難であるからといって、使用者が、従業員の安全と健康に配慮しなくてよいということにはならないのは当然のことです。
「ゴルフ場セミナー」2010年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎