ゴルフ場といえども、人間の集う場所ゆえ、さまざまな不祥事が発生します。
例えば、メンバーがキャディさんに痴漢行為を行った場合、民事上・刑事上の責任を負わなければならないのに加え、除名、来場停止、戒告など、倶楽部メンバーとしての制裁も受けなければならないのは当然です。
また、従業員が不祥事を起こすことも多々あります。平成17年1月、ゴルフ場を舞台にした貴重品ロッカー内の貴重品盗難事件では、スキミングという手法が世間を驚かせましたが、ゴルフに関わる人々にとっては、ゴルフ場支配人が共犯として逮捕されたことも非常に衝撃的でした。
ゴルフ場を訪れたお客さんは、安心して貴重品を預けていたのに、一たびこのような事件が発生すると、そのゴルフ場の信用は丸潰れです。
会社としてはそのような従業員を当然クビにできないと困るわけですが、一歩方法を誤ると、解雇ができなくなってしまうこともあり、注意が必要です。
メンバーへの懲戒処分についても様々な問題がありますので、後の機会に述べたいと思いますが、今回は、従業員に対する懲戒処分について説明したいと思います。
懲戒処分の際のルール
労働者が秩序違反を犯した場合に、使用者がその違反を是正するために行うのが懲戒処分です。
懲戒処分にもさまざまな種類があります。反省を求め、将来を戒める「譴責・戒告」、賃金を減らす「減給」、出勤させず賃金も支払わない「出勤停止」、下位の資格や役職に下げる「降格・降職」、退職願を提出させて解雇する「諭旨解雇」等がありますが、最も重いのは、労働者を即時解雇とする「懲戒解雇」です。
懲戒処分は、労働者に対するペナルティーですから、一定のルールに従って行う必要があります。
懲戒処分が有効となるためには、実体的な条件と、手続的な条件の双方を満たす必要があるのです。
まずは、実体的な条件ですが、懲戒処分の内容が、労働者の違反行為に見合ったものでなければなりません。些細な違反行為に対して重いペナルティーを科すことは許されないのです。
次に、手続的な条件ですが、懲戒処分を行うには、告知聴聞の機会を与えるなど、適正な手続き(デュープロセス)による必要があります。
まず、どのような場合にどのような処分をするのか、あらかじめ就業規則等に定めておく必要があります。事後的に定めた規定を根拠に懲戒処分をすることは許されませんし、同一の行為に対して再度懲戒処分をすることも許されません。
また、懲戒は、公平・平等に行われなければなりません。過去に行われた同種の事案に対する取扱いとの均衡を欠く懲戒も無効とされるおそれがあります。従来黙認してきた行為に対して処分を行おうとする場合には、事前に十分に警告を行って周知させる必要があります。
そして、労働者に対し、懲戒の理由を書面で通知し、弁明の機会を与え、懲罰委員会で討議した上で最終的な処分を決定するなど、公平で慎重な手続きをとることが重要です。
懲戒処分にあたって、これらの実体的・手続的な条件を満たす必要があることは判例でも認められており、平成20年3月から施行されている労働契約法15条でも、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定められています。
懲戒解雇の注意点
懲戒処分の中でも、懲戒解雇はいわば労働者に対する極刑です。そのため、懲戒解雇は実体的にも手続的にも、特に慎重に行う必要があります。
実体的・手続的に懲戒解雇が相当であるとしても、解雇予告手当や退職金の支払いはまた別の問題です。
懲戒解雇をした場合であっても、原則として30日分の解雇予告手当の支払いが必要となります。しかし、労働者に重大な規律違反や背信行為があるなど「労働者の責に帰すべき事由」がある場合には、労働基準監督署長の認定を受けて解雇予告手当を支払わないことができます。
退職金も、懲戒解雇だから支払わなくてよい、というものではありません。労働者のそれまでの勤続の功績を台無しにしてしまうほどの行為があって初めて退職金の一部または全部の不支給が許されるのです。
懲戒解雇の場合には退職金を支払わないというルールは、事前に定めておくことが必要です。
ルールを定める際、「懲戒解雇の場合には退職金を支払わない」と定めている例を多く見かけます。
しかし、労働者には退職の自由が認められており、退職の意思表示をしてから2週間で退職の効果が生じます。懲戒解雇されそうになった労働者がすぐに退職届を出し、2週間経過すると基本的には退職を認めざるを得ません。この場合、形式的には懲戒解雇ではなく自主退職ですから、退職金不支給規定に該当せず、会社はその労働者に対して退職金を支払わなければならなくなってしまいますが、この結論の不当性は明らかです。
これに対処する方法としては、就業規則を「懲戒解雇事由があるときは退職金を支払わない」とすることによって、この種の不都合さを回避することが可能になります。
また、事後的に懲戒解雇事由が判明することもあります。そのような場合に備え、「退職後に懲戒解雇事由があることが判明した場合、労働者は受け取った退職金を返還する義務を負う」という趣旨の規定を設けておくことが望ましいでしょう。
Sカントリー倶楽部事件(東京地裁平成14年11月11日判決、同平成15年3月10日判決、同平成15年3月14日判決)
Sカントリー倶楽部では、昭和62年ころ、負債が増え、資金繰りが苦しくなったことから、収支の改善を図るため、当時の常務取締役兼支配人A氏の発案で、9ホール増設して27ホールへ拡大することを計画しました。
この計画を実行するためには、地権者との交渉や、許認可を得るための県や市町村との交渉、資金繰りのための金融機関との交渉が必要でしたが、これらの交渉は、接待等のために、多額の経費を要するものでした。
そこで、オーナーである会長の指示のもと、この計画を実行するために必要な接待交際費、地元対策費等の経費を、従業員給与名目や仮払金名目の支払いをさせ、またクレジットカードを使用させることで捻出することとしました。
これらの経費は、その使途の機密性から、仮払金として経理処理を行い、また、個別具体的な使途については、本社に特段の報告を要しないものとされていました。
ところが、父であるオーナーの健康問題を契機に経営を引き継いだ新オーナーは、これらの経理処理について詳細を知らされておらず、決算報告書の内容を見て不審に思い、調査を行いましたが、明確な回答が得られませんでした。
新オーナーは、この不透明な経理に関与したA氏、経理担当取締役B氏及び副支配人C氏に辞職を迫り、A・B両取締役は辞任、C氏は懲戒解雇となりました。
会社が3人に対して退職金を支払わなかったため、退職金の支払いを求めたのがこの事件です。
B取締役は従業員として勤務していた期間が短かったため、退職金の請求は認められませんでしたが、残りの2人については、会社都合退職の際の退職金の請求が認められました。
不透明な経理自体は事実であったものの、ワンマン経営をしていたオーナーの指示による計画の実行に伴うものであり、不正経理とまではいえない、と判断されたのです。
また、この事件では、不正経理を認める書面も作成されていたのですが、判決文では、新オーナーが3名に対して適切な弁解の機会を与えていないことについても言及されています。
すなわち、新オーナーは午後1時ころ3名を本社に呼び出し、事情説明を求めましたが、明確な回答がなかったため、興奮して怒号し、机を叩いたり灰皿を投げつけたりするほか、A・B両取締役を土下座させ、食事もとらせず翌朝午前6時まで詰問を続け、午前7時ころ、不正経理をしたと自認する内容の書面に十分な確認もさせないまま署名押印をさせたのです。
このような方法で不正を認めさせても、その自白は真意に基づくものではないものとして、不正行為があったことの証拠にはできないのです。
Kカントリークラブ事件(福岡地裁小倉支部昭和59年7月13日判決)
このゴルフ場に勤務するあるキャディDさんには問題行動が多く見られました。
Dさんは、無断遅刻・無断欠勤が多く、支配人や副支配人をあだ名で呼び、言葉遣いや所作が粗雑で、他のキャディと協調性を欠いていました。また、労働組合が発行するニュースに職制を揶揄中傷する漫画や記事を掲載しました。
また、梅雨の時期に、芝を傷めないため、フェアウェイの一部についてカートを引いて通行することが厳禁されていたにもかかわらず、Dさんはこの指示に反しました。
さらにDさんは、会社で別のキャディと口論になり、その女性に対し威迫的言動に及びました。会社の電話を、会社の許可なく、労働組合との連絡用に頻繁に使用していました。
Dさんは、労働組合の闘争ニュースを配布し、ステッカーを貼付したのですが、会社やゴルフ場のみならず、会社の代表者や支配人等管理職の自宅周辺、駅付近の見やすい電柱等にまでステッカーを多数枚貼付しており、管理職個人やその家族の私的生活の平穏をいたずらに脅かしていました。
会社は3度の警告、厳重注意、譴責処分を経て最終的にはDさんを解雇しました(解雇の形式は懲戒解雇ではなく予告解雇でした)。
ところが、裁判所は、Dさんの行為については、「懲戒事由に該当する事実がない訳ではなく、その情状についても…悪質なものがあることを容易に窺うことができるのであるが、同時に、債務者(=会社)の労務政策宜しきを得れば、企業秩序紊乱の問題に至るまでもなく解決できる些細な事柄も多いことが認められる」として、解雇が無効であると判断しました。
裁判所は、会社がDさんを解雇したのは、「労働組合に対する過分な嫌悪感に根ざすもの」とし、「経営者としては具体的事情に応じて臨機応変に且つ原則的には順序を追って適正な対応を講ずるべきである。」と判示しました。
Dさんの行為を全体としてみれば、解雇事由に該当するように思われますが、一方で、労組法は、労働組合員であることを理由に解雇をすることを不当労働行為の一種として禁じています(労組法7条1号)。裁判所はDさんの解雇につき会社側に組合嫌悪の不当労働行為意思が支配的動機としてあり、そのため解雇権濫用にあたると判断したものと考えられます。解雇をする場合には、組合嫌悪の意思が存すると判断されないよう細心の注意を払うことが重要です。
「ゴルフ場セミナー」5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎