熊谷信太郎の「抽選弁済」

預託金の抽選弁済制度を採用するゴルフ場で、抽選に漏れた会員が、ゴルフ場経営会社に対し預託金680万円を返還請求した事案で、平成25年に名古屋地裁・高裁ともに、会員の訴えを棄却していたことが判明しました。両裁判所は、抽選弁済制度についても一定の合理性を認めており、注目すべき判決です。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、会員も当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目され、本誌平成24年5月号でも取り上げました。

この方法による場合の最大の問題は、抽選に漏れた会員からの償還請求をどう防ぐかです。今回は、名古屋地裁・高裁判決の事案について解説した上で、抽選弁済制度の実施方法について検討します

 

事案の概要

①原告は、平成4年7月、被告が経営するゴルフ倶楽部(以下「本件倶楽部」)に入会し、保証金680万円を預託しました。

②本件倶楽部旧規約10条には以下のような定めがありました。

○保証金は預託を受けた日の翌日から起算して10年間据え置き、据置期間経過後は、会員の希望により返還し、返還を受けたものは退会する。

○会社は理事会の承認を得て経済状況の著しい変化等やむを得ないときは、会員に通知して据置期間を延長することができる。

③被告は、平成16年に理事会の承認決議を経て、預託金償還請求について以下のような規約に変更しました(新規約9条)。

○据置期間経過後、会員が会社に対し保証金の返還の請求をした場合、会社は事業年度に設定する返還資金を支払限度とし、別途定める方法によって抽選を行い、選出された会員に対し、保証金を返還する。抽選に漏れた会員は会員へ復帰し、翌事業年度以降同様に抽選に参加して返還を受けるものとする。

④原告は、抽選会に参加しましたが、抽選に漏れ、旧規約による手続で預託金を返還請求しましたが、会社は受け付けませんでした。

⑤そこで原告は、平成25年4月に預託金返還請求訴訟を提起しました。

 

裁判所の判断

原告は、㋐新規約9条は、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという制限はしていない、㋑このような制限に同意もしていない、㋒仮に抽選会に参加したことで同意したと評価されても、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという認識はなく、その同意は錯誤により無効である、㋓新規約9条は消費者の利益を一方的に侵害し消費者契約法10条に該当し無効である等と主張しました。

これに対し、名古屋地裁・高裁は、新規約9条は、バブル経済崩壊後の経済情勢の変化から、倶楽部の存続と会員の利用権を守るため新たに導入した制度で、他の返還方法に関する規定を定めていないことから、抽選償還方法以外の返還方法を認めない趣旨であることは明らかであると判断しました。

その上で、預託金の返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係であるから、これに関する権利義務の変更は入会契約の変更に他ならず、会社側からの一方的変更は認められず、会員の個別同意をもって入会契約変更の効力が発生するものとしました。

そして本件で原告の同意があるかどうかについては、原告は、⑴ゴルフ倶楽部預かり保証金返還抽選会事前申込書兼同意書に署名捺印していること、⑵同意書には「規約9条に定める抽選方法によるもの、並びに貴社が定めた実施要項により実施されることに同意致します」とあり、原告は入会規約の変更に同意して抽選会に応募したことが認められること、⑶原告は被告から情報提供された資料を検討して抽選会に参加しており、同意に錯誤はないと判断しました。

消費者契約法10条との関係についても、名古屋高裁は、バブル経済とその後のデフレ経済により、入会保証金の返還は不可能であり、規約の変更は法的破綻を避けながら多くの会員のプレー権を確保するためのものであり、新規約は公平かつ公正なものであって、消費者の利益を一方的に害する条項とは言えないとして、合理性を認めました。

 

抽選弁済の実施手続

このように高裁でも合理性の認められた抽選弁済制度ですが、これを実施する場合の手続きは概ね以下のとおりです。

1 各年度の原資の決定

まず、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)を決定します。

この金額は経営の継続が可能な限度に抑えることができます。

2 規則の制定・変更

次に、抽選弁済の採用に必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定する必要があります。

ここで最も重要なのは、細則には、上記事案のように抽選に漏れた会員がゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを明記することです。

この点の明記がなくても、上記名古屋地裁・高裁は「他の返還方法に関する規定を定めていないので、抽選償還以外の方法を認めていないのは明らかである」と判断していますが、この点が抽選弁済制度を採用することの妙味であり、無用の混乱を避けるため明記することが必要です。

償還限度額

各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)については、償還原資額を具体的に記載せず、「各年度の決算における税引き後の利益に減価償却費を加算した金額の〇パーセントを限度として償還する」などと規定することも考えられます。こうすれば会社は各期の利益状況に応じて柔軟に原資額を定めることができます。

もっとも、会員の利益を考慮するという観点から、「毎年金○円を限度として償還する」などと、具体的な金額を記載する例も多いようです。

なお、後者のように確定した金額を記載する場合には、その年の経営状況からその金額を確保できないという場合に備えて、「ゴルフ場が償還金額の上限を増減できる」旨の規定も置いておくことが必要です。

償還原資額の増減について明確な規定を置いていない場合には、償還原資額を引き下げることができるかどうかが問題となります。

この点、「毎年2億円を限度として償還する」ということ以外特に規則に定めはない場合で、ゴルフ場が8000万円しか償還していないというケースで、東京地裁平成18年9月15日判決は、「2億円については確保の目標値であって、これを下回る償還ができないというものではない」とし、毎年2億円の抽選償還義務を否定しました。

この立場に立ては、償還金額の増減について明確な定めがない場合であっても、償還原資額を引き下げることができることになります。

3 償還請求総額の確定

制度の内容が決まりましたら、その年の抽選会の実施内容を確定し、会報や通知等で各会員に知らせることになります。

預託金の償還は退会を前提とするものですから、抽選弁済への参加を希望する会員からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、これらを集計し、償還請求の総額を確定します。

そして、上記名古屋地裁・高裁判決も指摘するように、預託金返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係に基づくものですから、会社側から一方的に預託金の返還方法を抽選弁済制度に変更することは認められず、会員の個別の同意が必要であると考えられます。

したがって、退会届(抽選弁済への申込書)にも、「預託金償還に関する細則及び貴社が定めた実施要項により定められた抽選弁済の方法により預託金が返還されることに同意し、抽選に外れた場合においても、貴社に対し、抽選弁済に参加する以外の方法で預託金返還請求をしないことを誓約する」旨を記載しておき、この点申し込みをした各会員との間で個別に合意しておくことが必要となります。

4 抽選会の実施

償還請求の総額を確定し、この金額が償還原資額より小さい場合には、償還請求した会員に、一括で償還することができます。

これに対し、償還請求総額が償還原資額より大きい場合には、抽選会を実施し、当選者を決定します。

その際、参加の機会をできる限り保障するため、代理人の出席も認めた方がよいと思われ.ます。自ら出席できず代理人も見つけられない会員については、ゴルフ場の理事等が代理することも考えられます。

なお、当選しなかった会員については、①翌年度に持ち越しとする方法、②翌年度も申し込む場合には改めて申し込みが必要とする方法、いずれも考えられると思います。

抽選の方法としては、誰でもすぐに思い浮かべることのできる「ガラポン福引抽選器」を使用する方法、抽選箱に当選札とはずれ札を入れて各人に引いてもらう方法など、いろいろ考えられるでしょう。

出席者が当選状況を確認しやすいように、会場の前方には大型スクリーンや大きな当選表を準備します。

抽選会当日は、手続きの公正性を確保するため、立会人として理事若干名や顧問弁護士などに出席してもらうことも考えられます。この場合、会社側の出席者とは別の場所に席を設けるなどの配慮も必要です。

翌年度以降も同様の方法にて償還を実施し、前年度において原資から償還額を控除した端数が出る場合には、翌年度の償還原資として繰り越します。

なお、預託金の償還の請求は、退会を前提とするものですが、抽選弁済申込者について、当選して償還がなされるまでは、希望者には会員料金でのプレーや競技会への参加を認めることは、ゴルフ場の裁量として制度設計上考えらえると思います。また、プレーを希望しない会員に対しては年会費を免除する等の配慮も考えられるでしょう。上記名古屋高裁判決においても、こういった配慮がなされていることが、公平かつ公正な制度であることの理由とされています。

 

当選し退会した会員の再入会

ちなみに、抽選弁済に当選して償還を受け退会した会員が、再度償還期限が到来した会員権を取得して入会し、またすぐに抽選弁済に申し込むという事態も考えられます。

会員の入会を認めるかどうかは倶楽部の裁量に属する事柄ですので、そのような会員の入会を拒否できるのは当然です。

さらに、このような行為に対する対応策として、新規入会の場合の預託金の償還については、会則に「入会時から〇年後に償還する」或いは「クラブ解散時に償還する」などと規定しておく必要があるでしょう。

「ゴルフ場セミナー」2015年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎