熊谷信太郎の「時間外労働」

本年3月、神戸市のパブリックゴルフ場の経営を受託している会社とゴルフ場の元総支配人及び支配人が、男性事務職員に労使協定を超える違法な時間外労働をさせたとして、西宮労働基準監督署から神戸地検に書類送検されました。男性(当時45歳)は平成24年11月、業務中に急性心停止で死亡しました。

会社は従業員と1日4時間、1か月40時間までの時間外労働が可能な協定を結んでいましたが、この男性は同年5〜9月、1か月に62時間から77時間の時間外労働をしていました。他にも数人の従業員に協定を超えた時間外労働をさせていたようです。

労働時間と健康管理は大きな社会問題となっており、平成23年12月に厚生労働省が新たに策定した「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」によると、うつ病などの精神障害を発病する直前の1か月に概ね160時間を超えるような時間外労働があると、これだけで労災認定される可能性が高いとされています。

労働基準法は労働条件の最低基準を定めた行政取締法規であり違反すると罰則が科せられます。

罰則の対象となるのは、違反行為を行った「使用者」ですが、これには「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」が含まれ、経営者や取締役といった個人だけが罰せられるのではなく、事業主である法人そのものも罰せられます(いわゆる「両罰規程」)。

冒頭の例で違反が確定すると、会社には30万円以下の罰金、総支配人等には6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という厳しい罰則が科せられます。

今回は労働時間に関する法規制について検討します。

 

法定労働時間

労働基準法では、1日8時間、週40時間という法定労働時間や、週1日(又は4週で4日)の法定休日が定められています。使用者は原則として法定の労働時間を超えて労働者を働かせたり休日労働を命じることはできません。

なお、一部の業種で、常時10人未満の労働者を使用する事業場(特例措置対象事業場)では、週の法定労働時間が44時間とする特例を認めています。ゴルフ場も接客娯楽業としてこれに含まれます。

但し、業務の必要上、法定労働時間を超えた労働等を命じる必要が生じる場合も少なくありません。

この場合、使用者は、①予め事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその組合、それがない場合には労働者の過半数を代表する者との間で、時間外(休日)労働についての書面による協定を締結し、②協定内容を就業規則等に明記するとともに、③労働基準監督署長に届け出た場合、労働者に業務命令として法定労働時間を超える労働や休日労働を命じることができます。

この労使の協定は、労働基準法第36条に基づくことから三六協定(さぶろく協定)と呼ばれます。

こうした手続きを経て行われる時間外労働や休日労働の業務命令の場合、労働者は正当な理由がない限り、業務命令を拒否することはできません。

 

時間外労働と割増賃金

就業規則や労働契約に基づく所定労働時間や労働基準法に基づく法定労働時間を超えて労働させた場合、時間外労働に対する次のような賃金の支払いが必要です。

① 時間外割増賃金

法定労働時間(特例措置対象事業場を除き、1日8時間、1周40時間)を超えて労働させた場合は、その超えた労働時間に応じて、通常の賃金(基礎単価)に割り増しをした賃金を支払う必要があります(割増率は基礎単価の25%以上)。

但し、月60時間を超えた時間外労働に対しては、その超えた労働時間に対して50%以上の割増賃金を支払わなければなりません。

なお、所定労働時間(就業規則や労働契約などで定めた労働時間)を超えるが法定労働時間を超えない労働(法定内残業)の場合は、その所定労働時間を超え法定労働時間の範囲内の労働時間に対しては、就業規則や労働契約などで割増賃金を支払う旨の定めがある場合を除き、割増賃金ではなく、その超えた労働時間に応じて通常(割増しない)賃金を支払えばよいとされています。

② 休日割増賃金

1週間に1日又は4週間に4日の休日(法定休日)に労働させた場合、その労働時間に対して割増賃金を支払う必要があります(割増率は基礎単価の35%以上)。

③ 深夜割増賃金

深夜(午後10時から翌日午前5時まで)に労働させた場合、この深夜の時間帯の労働時間に応じて割増賃金の支払いが必要です(割増率は基礎単価の25%以上)。

実際には、時間外労働や休日労働をさせた場合、深夜労働と重複することも多く、その場合には割増率は加算されます。例えば、時間外労働で深夜労働の場合は、時間外+深夜で25%以上 + 25%以上 = 50%以上、休日労働で深夜労働の場合は、休日+深夜で35%以上 + 25%以上 = 60%以上の割増が必要となります。

 

手待時間、仮眠時間

では、労働時間に含まれる時間とはどのようなものでしょうか。休憩時間や着替えの時間等は含まれるのでしょうか。

労働時間については、一般に「労働者が実際に労働に従事している時間だけでなく、労働者の行為が何らかの形で使用者の指揮命令下に置かれているものと評価される時間」と解されています。

例えば、ゴルフ場のコース管理課では、日の出から作業し午後プレー終了後再び作業をし、拘束時間が14、5時間に及ぶようなケースもあると思います。この場合、社内に仮眠室や休憩室等の設備がある等、実際の作業時間の合間に使用者の指揮命令から解放される時間が確保されている状況が認められれば、この時間は休憩時間であって労働時間ではないと言えると思われます。なお、労働基準法では坑内労働以外に拘束時間の規定はないので、拘束時間が長時間に及んでも法定の休憩時間が与えられていれば(6時間超8時間以下→45分以上の休憩。8時間超→1時間以上の休憩)、労働基準法違反にはなりません。

一方、ゴルフ場の例ではありませんが、ビル管理会社の従業員が管理・警備業務の途中に与えられる夜間の仮眠時間も、仮眠場所が制約されることや、仮眠中も突発事態への対応を義務づけられていることを理由に、労働時間に当たるとする判例があります(大星ビル管理事件・最高裁第一小法廷平成14年2月28日判決等)。

また、実作業に入る前や作業終了後の更衣時間については、最高裁は、使用者が造船所の労働者に事業所内での作業服等の着脱を義務づけていた事案において、就業規則等の定めにかかわらず、そうした更衣時間は労働時間に当たると判断しました(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁第一小法廷平成12年3月9日判決)。

但し、最高裁は、そうした更衣に要する時間も「社会通念上必要と認められるものである限り」労働時間に当たるとして一定の限定を付しており、例えばゴルフ場の受付事務職の制服についての更衣時間に関して、この判決の射程距離がどこまで及ぶかは必ずしも明らかではありません。

 

変形労働時間制

変形労働時間制とは、一定の単位期間について(1週間、1か月、1年)、週あたりの平均労働時間が週法定労働時間の枠内に収まっていれば、1週または1日の法定労働時間の規制を解除することを認める制度です。

この制度は、季節により繁閑が分かれているゴルフ場などでも利用できる制度です。例えば、積雪のため冬期はクローズするゴルフ場では、1年単位の変形労働時間制を採用し、繁忙期には長い労働時間を設定する等、年間を通して週平均40時間を達成する範囲で休日や労働時間を弾力的に設定することができます。

単位期間の長短により弾力化の程度や労働者に与える影響が異なるために、単位期間によりそれぞれ異なる要件が設けられていますが、いずれの場合でも労使協定又は就業規則等により制度の採用を明らかにするとともに、労働基準監督署長への届出が必要です。

 

年次有給休暇

年次有給休暇の日数は最低10日で、その後、継続勤務1年ごとに、当初の6か月以降の継続勤務2年目までは1労働日ずつ、3年目以降は2労働日ずつ加算され、20日が法律上要求される上限となります。パートタイム労働者については、その年の所定労働日数に比例した日数の年休が付与されます。

年次有給休暇権の発生要件は、①労働者が6か月継続勤務したことと、②初年度は6か月、2年目以降は1年の勤務期間について全労働日の8割以上出勤したことです。

年休の取得に際して使用者の承認を得ることは法律上は必要ではありません(林野庁白石営林署事件・最高裁第二小法廷昭和48年3月2日判決)。

もっとも、使用者は、それにより事業の正常な運営が妨げられる場合には時季変更権を行使できます。時季変更権の行使の適否は、事業の内容、規模、労働者の担当業務、事業活動の繁閑、予定された年休日数、他の労働者の休暇との調整等様々な要因を考慮して判断しますが、使用者は労働者の希望が実現できるように配慮を行うことが求められます。

 

労働基準法に違反した場合

法定労働時間や法定休憩を守らなかった、法定休日を与えなかった、割増賃金を支払わなかった、年次有給休暇を付与しなかった場合等には、個人については6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金、法人については30万円以下の罰金に科せられる可能性があります。

労働者から労働基準監督署(労基署)に対して法違反の申告(被害届)がなされた場合、労基署の監督官により事業場(会社、建設現場等)の立入検査が実施され、タイムカードやパソコン、入退館記録等を調査してタイムカードの打刻の修正や打刻後の残業がないか等を調べたり、賃金台帳その他の労務関係書類や安全衛生管理の状況が調査されます。

その結果労働基準法などの法律違反や要改善点が見つかった場合は、是正勧告や指導が行われ、法令違反ではないが改善が必要と判断された項目については指導票が交付され、法令違反の項目についてはその違反項目と是正期日が書かれた是正勧告書が交付されます。

指導や是正勧告は行政指導であり法的強制力はなく改善するかどうかは会社の任意です。

しかし、是正勧告に対して不誠実な対応、無視、或いは虚偽の報告などをすれば、冒頭の例のように書類送検の手続を取られる場合もあります。指導や勧告がなされた場合には、その指導を真摯に受け止め、改善を行い、改善状況を報告する等真摯な対応が必要です。

なお、事業主には業種や規模を問わず健康診断を実施する義務があり、違反が認定された場合には50万円以内の罰金となる可能性もあります。冒頭の例のような深刻な事態とならないよう、労働時間の遵守と共に従業員の健康への配慮が必要です。

「ゴルフ場セミナー」2014年8月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎