ゴルフ場でプレー中、後続の組や隣のホールから打ち込まれた打球に危険を感じた経験のある方も多いと思います。
昨年4月には、プレーヤーの打球が同伴プレーヤーの左目に当たり失明させた事案で、加害プレーヤーの他、同伴キャディ及びゴルフ場運営会社の共同不法行為責任を認め、かつ過失相殺がされるという判決が岡山地裁で出されました。
ゴルフ場における打球事故は、被害者に重大な損害を発生させる危険があり、被害者やその遺族に対して、直接の加害者であるプレーヤーだけでなく、事故の発生原因によっては、同伴キャディやゴルフ場自体が法的責任を問われる場合もあります。
今回はゴルフ場における打球事故の民事責任について検討します。
岡山地裁平成25年4月5日判決
この事案は、岡山県のゴルフ場で、原告(相当年数のゴルフ歴がありスコアは90程度。以下X)と被告(約20年のゴルフ歴がありスコアは100程度。以下Y)を含む4名でのラウンド中、13番ホールにおいて、XとYの打ったティーショットが近い場所に落ちて最初にXが第二打を放ち、すぐ後にYが第二打を打ったところ、ミスショットして右前方30度の方向にボールが飛び、ボールがグリーンに乗ったかどうか確認しようと右斜め前方8~9m付近にいたXの左目を直撃し、失明させてしまったというものです。
裁判所は、Yはグリーン方向とボールにのみ気を取られ、右斜め前方にいたXや他のプレーヤーを確認することなく、グリーン方向にまっすぐに飛ぶものと過信して第二打を打った点に過失があると判断しました。
ただ、Xも、打撃行為をするYの前方に出ていた点に過失があるものと考えられ、3割の過失相殺がなされました。
また、同伴キャディ(本件ゴルフ場のキャディとして約20年間勤務していたベテラン)についても、本件事故が起こった13番ホールまでのXYの観察の結果、基本的ルールやマナーについては注意する必要はないと過信し、必要な注意喚起を怠った過失があるとしました。
また、被告キャディの雇用主である被告ゴルフ場には独自の不法行為を認定することはできないが、被告キャディの雇用者として使用者責任を負うと判断しました。
本件は控訴され、控訴審で和解が成立したということです。
キャディの責任
キャディは本来プレーヤーの援助者(ゴルフ規則第2章11「プレーヤーを助ける人」)であることからすると、競技においてはキャディの過失(注意義務違反)は即ちプレーヤー自身の過失となるはずで、この判決がキャディの過失によりプレーヤーではなくゴルフ場経営会社の責任を導いていることに違和感を抱く人がいるかもしれません。
しかし、欧米のようにキャディを雇う場合はプレーヤーが直接キャディと契約する形になるものと異なり、日本ではゴルフ場がキャディを雇用してプレーヤーに提供するのが通常であることから、キャディの過失はゴルフ場の使用者責任を導くことになります。
つまり、ゴルフ場の安全配慮義務違反が問題となる場面では、キャディは「競技者の援助者」にとどまらず、ゴルフ場経営会社の従業員として、競技に伴う危険を未然に防止し、競技者の安全を保持すべき注意義務があると考えられています(名古屋高裁昭和59年7月17日判決、大阪地裁平成12年10月26日判決等)。
上記岡山地裁も同様の考えに基づき、①他のプレーヤーがショットする前にはその前方に出てはならず、打球が飛ぶ範囲に同伴プレーヤーがいる場合にはショットしてはならない、②キャディはこれに反する行為をプレーヤーがしようとしている場合は注意して阻止しなければならないとしてキャディの過失を認定していますが、プレーヤーはスロープレー防止のために自分のボール地点に早く行きたがる傾向がある上、接客業であるキャディがゲストに対してあまり強く注意を繰り返すことはしにくいといった現実のプレー環境の中では、この認定はやや酷な判断だという印象もあります。
なお、キャディの注意義務は同組プレーヤー同士の事故に限らず、別組のプレーヤー同士の事故の場合でも同様に考えられています(後続プレーヤーの打球が先行プレーヤーに当たって負傷させた事故に関する東京地裁平成5年8月27日判決等)。
ゴルフ場の使用者責任
前述のように、従業員であるキャディに過失が認められる場合には、使用者であるゴルフ場経営会社も使用者責任を負うことになります(民法715条1項。上記岡山地裁平成25年判決、東京地裁平成5年判決等)。
なお、民法715条1項但し書きは会社の責任を免除する規定ですが、これにより会社の責任が免除されること(従業員の選任や監督に注意を充分払ったとされる場合等)は殆どなく、従業員に過失があればほぼ会社は責任を免れることができません。
ゴルフ場経営会社は、打球事故に備えて保険に入ることは勿論必要ですが、単なる競技者の援助者としてだけではなく、ゴルフ場を安全に利用させる義務を負担する会社の補助者として、日頃からキャディ教育を徹底することが大切です。
プレーヤーの不法行為責任
よくある打球事故としては、㋐ゴルフ場隣接ホールからの打球を受けるケース、㋑後続プレーヤーの打球が先行プレーヤーへ直撃するケース、㋒同伴プレーヤーの打球が同伴者やキャディに直撃するケースが考えられます。
こういったケースにおいて、加害プレーヤーの過失の有無の判断基準になるのが、「安全の確認」(ゴルフ規則第1章)です。
㋐のケースでは、「フォー!」という掛け声で危険を知らせていれば、原則として加害プレーヤーの過失は否定されることが多いと思われます。
裁判例でも、Xがゴルフ場の東10番ホールのバックティグラウンドに向かって歩いていたところ、隣接する東18番ホールでYが打った打球がXの目を直撃した事案で、Yはクラブや打撃方向の選択に特段の誤りなく、打球後に「フォー」と大声で警告している等の事情及び全てのスポーツ競技に共通して認められるところの「許された危険」の概念に照らして考察すると、Yの過失を認めることは相当でないと判断されています(東京地裁平成6年11月15日判決)。これは妥当な判断であると言えるでしょう。
㋑のケースでは、視認範囲内の先行プレーヤーの動向を確認せずショットを打った場合、加害プレーヤーの過失は認められやすくなります。
裁判例でも、18番ホールで第1打を打ち、その落下地点まで前進して第2打を打つ準備をしていたXが、後続組のYの第1打の打球を受け負傷した事案で、Yは、ティーショットを打つ際に通常の注意を払っていたならば前方でXがプレーをしているのを現認することができたはずなのにこれに気付かず、或いは気付いていながら無視し、その方向に向けてティーショットを打ったものであるから、Yに過失があることは明らかであると判断されました(東京地裁平成5年8月27日判決)。
同伴プレーヤーのケース
㋒のケースでは、加害プレーヤーが同伴プレーヤーやキャディの動静に注意せず漫然とショットを打ったような場合には注意義務違反が認められます。但し、被害者が加害プレーヤーの前に出てしまったような場合には加害プレーヤーの過失は否定ないし過失相殺されます
裁判例でも、Yがミドルホールの第2打(5番ウッド)を打つ際に、左前方20mのところに同組プレーヤーXが立っていたところ、当該打球が直撃してXに眼球破裂の傷害を負わせたと言う事案があります(東京高裁平成11年11月2日判決)。
この事案で、東京高裁は、経験を積んだプレーヤーであっても打球が予測外の方向に飛ぶことが起こりうるから、ミスショットの可能性も考慮に入れなければならないとして、5番ウッドでフルスイングしてミスショットが生じた場合に20mの距離では打球を見ていても回避することは不可能であるから、Yは第2打を打ってはならなかったのであり、過失ありと判断しました。但し、Yの左前方20mの至近距離に立っていた過失があるとして、Xにも4割の過失を認めました。
この裁判例は、Yが単に「打ちますよ」と声を掛けただけでは注意義務を尽くしたことにはならないとしています。プレーの進行上の都合から、前方や斜め前に人がいることはあり得ますが、その場合その種の声掛けをして打つことが一般的で、声を掛けられた側が退避する等の注意をすべきと考えるべきでしょう。そのような実情からすると、事例判断としてこれが妥当であったかにはやや疑問の残るところではあります。
ゴルフ場の工作物責任
キャディを付けないでプレーし、純粋に当該プレーヤー自身の不注意から発生した事故の場合、ゴルフ場は単にゴルフ場という場所を提供しているだけであり、打球の行方について責任を負うのはボールを打つプレーヤー自身であって、ゴルフ場は責任を負わないのが原則です。
もっとも、ゴルフ場の施設自体に問題があったといえるような場合には責任を負う可能性があります。
民法では、土地の工作物の設置・保存に瑕疵(欠陥)があり、これにより他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負うとされています(民法717条1項)。
但し、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならなりません(同条項但し書)。
ゴルフ場の所有会社と運営会社とが別になっている場合、第一次的には運営会社の責任が問われますが、第二次的には所有会社の責任が問われることになるわけです。
裁判例では、アプローチ練習場とコースの中間に安全網又は障壁を設けるべきであった(京都地裁平成昭和58年12月23日判決)、また、隣接ホールからの打球事故について、東10番ホールのバックティグラウンドの後方に東18番からの打球の飛来を防止するための防護ネットを設置すべき管理義務があった(東京地裁平成6年11月15日判決)として、工作物責任に基づく会社の責任を認めた例もあります。
これらの裁判例を前提にすると、ゴルフ場はコースに併設される練習場や駐車場、隣接道路、田畑、民家等との関係にも配慮して必要な措置を施す必要があることになるでしょう。しかし場外飛球防止は必要な措置だとしても、そもそもゴルフは危険の内在する自己責任に基づくスポーツです。ゴルフ場内の飛球に対して安全配慮義務を過度に強調することは、自然環境になじまない人工物を必要以上に配しコースとしての本来あるべき姿を歪めることになりはしないかとの危惧を感じます。打球が飛んでくる可能性があることが、直ちに土地工作物の瑕疵にあたるとは到底言えません。セントアンドリュースはじめ、世界の名門コースも伝統あるコースほどティーとグリーンが近かったり、グリーンが隣接していたり、更にはグリーンを共用しているところもあります。安全配慮義務を強調する視点からは、これらの伝統的コースも瑕疵があることになりかねず、それはゴルフやゴルフコースへの無理解に基づくものと言わざるを得ません。今一度自己責任の考え方に立ち返ってゴルフ場における安全配慮義務を考え直してみる必要があるのではないでしょうか。
「ゴルフ場セミナー」2014年10月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎