熊谷信太郎の「抽選弁済」

バブル経済崩壊以降、ゴルフ場は預託金の償還問題に直面し、平成22年3月末までの法的整理申請件数は600件を超え、既設ゴルフ場数ではおよそ800コースに及んでいます。

ここ数年の倒産件数は減少していますが、経済の低迷や会員の高齢化、価格競争の激化等により、ゴルフ場への来場者数は依然として減少しており、売り上げも伸びていません。

このような状況下で、多くのゴルフ場が、事業を継続し会員のプレー権を保障しながら、預託金の償還問題を解決する方法を模索しています。

その1つとして、「永久債」という方法もあります。

永久債とは、預託金制ゴルフ場においては、「倶楽部解散時まで預託金を償還しない」というものです。

永久債というのは、結局のところ倶楽部解散まで預託金を返還しないというものなので、ゴルフ場にとっては都合のよいものといえますが、会員の側には様々な事情があり、預託金を返金してもらいたいという現実的要請もあるため、この制度に同意してもらうのはなかなか難しいと言われています。

そこで、双方のニーズを満たす折衷案として考えられるのが抽選弁済という方法です。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は、会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、会員も当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、会員側としては比較的受け入れやすく、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目されます。

 

抽選弁済の実施手続

抽選弁済を実施する場合の手続きは概ね以下のとおりです。

 

1 各年度の原資の決定

まず、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)を決定します。

この金額は経営の継続が可能な限度に抑えることができます。

2 規則の制定・変更

次に、抽選弁済の採用に必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定する必要があります。

ここで最も重要なのは、細則には、当選しなかった会員が後にゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを規定することです。

この点が抽選弁済制度を採用することの妙味ですから、必ず規定することが必要です。

 

では、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)については、どのように定めたらよいでしょうか。

この点、償還原資額を具体的に記載せず、「各年度の決算における税引き後の利益に減価償却費を加算した金額の〇パーセントを限度として償還する」などと規定することも考えられます。このように定めれば、会社は各期の利益状況に応じて柔軟に償還原資額を定めることができます。

もっとも、会員の利益を考慮するという観点から、「毎年金○円を限度として償還する」などと、具体的に確定した金額を記載する例も多いようです。

なお、後者のように確定した金額を記載する場合には、「ゴルフ場が償還金額の上限を増減できる」旨の規定も置いておくことが必要です。このような規定を置いておけば、その年の経営状況からその金額をどうしても確保できないという場合、その規定に従って、ゴルフ場は償還原資額を引き下げることができます。

償還原資額の増減について明確な規定を置いていない場合には、償還原資額を引き下げることができるかどうかが問題となります。

この点、償還原資額について「毎年2億円を限度として償還する」ということ以外特に規則に定めはない場合で、ゴルフ場が8000万円しか償還していないというケースにおいて、東京地方裁判所平成18年9月15日判決は、抽選弁済に関する規則は償還金額の上限を定めていることを認めた上で、「償還金の原資は現に存在するものではなく、あくまで被告(ゴルフ場経営会社)において将来の営業努力によることを前提としていたものであるから、2億円については確保の目標値であって、これを下回る償還ができないというものではないことは明らかである」とし、ゴルフ場の毎年2億円の抽選償還義務を否定しました。

この立場に立ては、償還金額の増減について明確な定めがない場合であっても、償還原資額を引き下げることができます。

3 償還請求総額の確定

抽選弁済の内容が決まりましたら、その年の抽選会の実施内容を確定し、会報や通知等で各会員に知らせることになります。

預託金の償還は退会を前提とするものですから、抽選弁済への参加を希望する会員からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、これらを集計し、償還請求の総額を確定します。

なお、細則には、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを規定することが必要だと前述しましたが、さらに、退会届(抽選弁済への申込書)にも、「抽選弁済に関する規則の内容を承認した上で、償還の申込みをする」旨を記載しておき、この点を申し込みをした各会員との間で合意しておくことが絶対に必要となります。

4 抽選会の実施

償還請求の総額を確定し、この金額が償還原資額より小さい場合には、償還請求した会員に、一括で償還することができます。

これに対し、償還請求総額が償還原資額より大きい場合には、抽選会を実施し、当選者を決定し、当選者に全額一括で償還することになります。

まず、会員の抽選弁済への出席の機会をできる限り保障するため、代理人の出席も認めたほうがよいと思われます。

さらに、自らも出席できず代理人も見つけられない会員については、ゴルフ場の理事等が代理することも考えられます。

なお、当選しなかった会員については、①翌年度に持ち越しとする方法、②翌年度も申し込む場合には改めて申し込みが必要とする方法、いずれも考えられると思います。

抽選の方法としては、誰でもすぐに思い浮かべることのできる「ガラポン福引抽選器」を使用する方法、抽選箱に当選札とはずれ札を入れて各人に引いてもらう方法など、いろいろ考えられるでしょう。

出席者の緊張をできるだけ和らげるため、抽選会の会場はできるだけ広めの場所を用意したほうがよいと思われます。

また、出席者が当選状況を確認しやすいように、会場の前方には大型スクリーンや大きな当選表を準備します。

なお、抽選会当日は、手続きの公正性を確保するため、立会人として、理事若干名や顧問弁護士などに出席してもらうことも考えられます。この場合、会社側の出席者とは別の場所に席を設けるなどの配慮も必要です。

翌年度以降も同様の方法にて償還を実施し、前年度において原資から償還額を控除した端数が出る場合には、翌年度の償還原資として繰り越します。

なお、預託金の償還の請求は、退会を前提とするものですから、抽選弁済に申し込んだ会員について、競技会への参加まで認めるのは困難かと思われますが、当選しなかった会員が不満をもって預託金償還請求訴訟を提起するなど、無用の混乱を避けるため、実際に当選して償還がなされるまでは、会員料金でのプレーを認めることは、ゴルフ場の裁量として、制度設計上考えらえるのではないかと思います。

もちろん、この場合、プレーフィや年会費等、会員として通常必要な費用も負担してもらうことになるでしょう。

 

抽選弁済により退会した会員の再入会

抽選弁済に当選して償還を受け退会した会員が、再度会員権を取得して入会し、またすぐに抽選弁済に申し込むという事態も考えられます。

会員の入会を認めるかどうかは倶楽部の裁量に属する事柄ですので、預託金の償還を受けるために会員権を取得したことが事前に分かれば、そのような会員の入会自体を拒否できるのは当然です。

さらに、このような預託金償還ビジネス行為に対する対策として、新規入会の場合の預託金の償還については、会則に「入会時から〇年後に償還する」或いは「クラブ解散時に償還する」などと規定しておく必要があるでしょう。

 

抽選弁済を定める再生計画

なお、抽選弁済には、①預託金債務を一定限度で残すことにより債務免除益の問題を回避し得る、②破産配当率を超える弁済率を確保しつつゴルフ場事業を継続させることができる、などのメリットもあるので、民事再生手続における再生計画においても、会員に対する弁済の手法として利用されることもあります。

鹿島の杜カントリークラブの再生計画においても抽選弁済方式が採用されましたが、この事例においては、抽選弁済が債権者平等の原則に反するかどうかが問題となりました。

この点、東京高等裁判所平成16年7月23日決定は、抽選償還は、早く弁済を受けられる会員と、遅く弁済を受ける会員との間に不平等がある等とし、債権者平等原則を定めた民事再生法155条1項に違反するとして、民事再生計画認可決定を取り消す決定を下しました。

この決定は最高裁によっても支持され、抽選弁方式済の採用を検討するゴルフ場に対し、緊張を与えることになりましたが、もちろん抽選弁済制度そのものが否定されたわけではありません。

なお、その後、平成18年4月26日大阪高裁決定が、同様に抽選弁済方式を採用した信和ゴルフグループの中核企業の再生計画に関し、抽選弁済方式に対する直接的な判断は示していないものの、「抽選は退会者に平等に適用されるし、抽選に外れて償還を受けられない者は、翌年も償還対象者となるから、」「長期にわたり償還が受けられないことは予想できない」として、結論として、債権者平等の原則に違反しないとの判断を下しています。

「ゴルフ場セミナー」2012年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

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