最近、「性同一性障害」という言葉を耳にすることも少なくないと思います。
昨年11月、この性同一性障害のため、2年前に戸籍上の性別を男性から女性に変更した会社経営者が、静岡県の会員制ゴルフ倶楽部から入会を拒否されたとして、ゴルフ場経営会社等に対し、約786万円の損害賠償を求め、静岡地方裁判所浜松支部に裁判を起こしたという報道がなされました。
報道によると、会社経営者の女性(元男性)は、平成24年6月、運営会社の株を購入するなどして、ゴルフ場経営会社に対し、入会に必要な書類を提出しました。その際、提出した戸籍謄本から、その女性がもとは男性だったことが判明し、ゴルフ場は性別変更を理由に、この会社経営者の入会を拒否したようです。
ゴルフ場経営会社は、新聞の取材に対し、「更衣室の利用で女性会員から苦情が出るのを懸念した。前例がなく難しい問題で、解決策が見つからない。代理人と相談する」と説明しているということです。
性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律
性同一性障害とは、一般に、「性の自己意識(心の性)と生物学的性別(解剖学的性別、身体の性)が一致しない状態」と説明されます。
性同一性障害者は、世界保健機構(WHO)が定めた国際疾病分類にも掲載されている医学的疾患であり、我国においても、日本精神神経学会が診断と治療のガイドラインをまとめ、性同一性障害を医療の対象として位置付けています。
そして、医療の分野における進展と性同一性障害に対する社会の認知に合わせ、法制度の整備も進み、平成15年7月16日、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、「法」と言います)」が成立し、翌年の7月16日に施行されました。
これまで、人の法的な性別は、生物学的な性別によって決められていましたが、この法律によって、例外的に性的同一性障害者であって一定の要件を満たす人については、家庭裁判所の審判により、心理的な性別である他の性別に変わったものとみなされることとなりました。
この法律では、性同一性障害者と認められるための要件として、次の3要件を定めています(法2条)。
(1)生物学的には性別が明らかであること
(2)心理的には他の性別であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であること
これは、「生物学的には男性である人が自分は女性であるという意識(あるいはその逆の意識)を、単に一時的にではなく、永続的に続く状態で、強くゆるぎなく有し、自己の身体を心理的な性別に合わせようとし、社会生活を心理的な性別に合わせて送ろうとする意思を有している者であること」を意味します。
なお、こうした意思や確信は、本人の正常な判断力の存在を前提とするので、精神障害のため他の性別に属していると考えている人は、性同一性障害者には該当しません。
(3)その診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般的に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致していること
二人以上の医師の診断の一致を要件としたのは、医師の適切、客観的かつ確実な診断が行われることを確保するとともに、それを審判の前提とすることによって、根拠に乏しい濫訴を防ぎ、家庭裁判所の認定が適切かつ迅速に行われるようにするためです。
性別の取扱の変更の審判
そして、性同一性障害者が以下の要件を満たす場合には、性同一性障害者は、家庭裁判所に対し、性別の取扱の変更を求める審判を請求することができます(法3条1項)。
なお、この場合、医師の診断書を提出しなければなりません(法3条2項)。
①二十歳以上であること。
②現に婚姻をしていないこと。
③現に未成年の子がいないこと。
④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
なお、要件⑤は、公衆の場(公衆浴場や更衣室など)で社会的な混乱を生じないために考慮されたものです。
性別の取扱いの審判を受けた人は、民法その他法令の適用については、他の性別に変わったものとみなされることになり(法4条1項)、例えば、変更後の性別で婚姻や養子縁組をすることが可能となります。
戸籍の記載は?
本事案では、戸籍謄本から性別を変更したことが判明したわけですが、性別の取扱いの変更の審判があった場合、戸籍の記載はどうなるのでしょうか。
性別の取扱いの変更の審判があった場合には、原則として新戸籍が編成されます。
新戸籍には「平成○年○月○日平成15年法律第111号3条による裁判発効」と記載され、性同一性障害という言葉が記載されることはありません。そして、新戸籍には変更後の性別に基づく続柄が記載されることになります。
しかし、「従前の記録」として、変更前の性別の記載が残ってしまいます。これにより、本事案でも、性別を変更したことが判明したものと思われます。
もっとも、従前の記録は、本籍地を一度他の市区町村に移すと消すことができ、一見して性別変更したことは分からないようにすることは可能のようです。
ただ、「平成○年○月○日平成15年法律第111号3条による裁判発効」との記載は残りますので、性別を変更したことを戸籍上全く分からなくすることはできません。
入会制限と法の下の平等
今年の8月には、アメリカ合衆国のオーガスタ・ナショナルGCが、女性会員を初めて2名受け入れたことでニュースになりましたが、歴史あるゴルフ倶楽部の中には、会員資格を男性に限定しているところもあるのは周知のとおりです。
そもそもゴルフ倶楽部は、同好の士の集まりであり、娯楽施設としてのゴルフ場の利用を通じて、会員の余暇活動の充実や会員相互の親睦を目的とする私的団体です。
そのため、ゴルフ倶楽部はその会員構成を自由に決定でき、ゴルフ場経営会社は、契約自由の原則から、入会資格を満たさない者との契約の締結を拒否できるとされています。会員権の譲受人は、ゴルフ倶楽部の理事会等による入会承認を受けなければ、会員たる地位を取得することはできません。
一方、憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、人種や性別に基づく不合理な差別を禁じています。
そして、国家権力を規制する憲法規定の私人間(私企業や個人間の契約など)への適用について、判例・通説は、私的自治や契約自由の原則、私的団体の結社の自由等との調和の観点から、私人間に直接適用されないが、公序良俗違反(民法90条)や不法行為による損害賠償(民法709条)などの解釈・適用において、憲法規定の趣旨を間接的に考慮すべきであるとしています。
この点、外国人のゴルフ倶楽部への入会制限が争われた事案において、東京地裁平成13年5月31日判決は、「私人である社団ないし団体は、結社の自由が保障されている」とし、新たな構成員の加入を拒否する行為が…民法709条の不法行為に当たるとすることが許されるのは、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限られるとして、ゴルフ倶楽部への入会に国籍による制限を加えるのは、社会的に許容される範囲であると判断して原告の請求を棄却し、控訴審・最高裁もこの結論を維持しました。
会員を男性に限定するというゴルフ倶楽部の取扱いも、ロッカーやトイレの数等施設利用上の制約のため、社会的に許容される範囲であるとして、許容されるものと考えられます。同様に、女性限定のレディス倶楽部も許容されることになります。
性別変更を理由とする入会拒否
では、性別変更の場合(ゴルフ倶楽部で現実的に問題となるのは、男性→女性の性別変更の場合)はどうでしょうか。
例えば、倶楽部会則に、性別変更した者からの入会を制限する規定がある場合、この規定は、公序良俗に反し無効となるのでしょうか(民法90条)。あるいは、性別変更を理由に入会を拒否することは、不法行為による損害賠償の対象となるのでしょうか(民法709条)。
まず、元男性である女性の当該ゴルフ場でのプレーを一律に禁止するのは、いかに結社の自由があるとはいえ、「相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超える」ものであって、社会的に許容される範囲を超えると言えるでしょう。このような広範な制限が許容されるのは、反社会的勢力(ないしこれと同視し得る者)のケースに限られると思われます。
これに対し、性別を変更した者に対し、当該ゴルフ倶楽部への入会を制限する(ビジターとしてのプレーは許容する)という取り扱いはどうでしょうか。
前記のとおり、性同一性障害は医学的な疾患であり、性別変更の要件として変更後の性別の特徴と似た身体的外観を有していることが要求されており、性別変更の審判の申立ての際には医師の診断書を提出することが要求されています。
一方で、更衣室での着替えやプレー後の入浴の際、「元男性」に着替えの様子や裸を見られたくないという女性メンバーの気持ちは、十分に理解できるところです。
入会(メンバーとしてのプレー)の制限にとどまり、プレーそのものは許容されるのであれば、ただちに社会的に許容し得る限界を超えて違法となるとまでは言えないかもしれませんが、社会通念上評価が限界的な事例であり、今後の裁判の行方が注目されるところです。
ゴルフ場の対応
むしろ、本件では、なぜ元男性の原告が入会拒否の理由を知り得たかが問われるべきかと思われます。
ゴルフ倶楽部への入退会に関しては、例えば労働者から要求があればその開示が要求されている解雇理由(労働基準法22条2項)などと異なり、法律による規制は及んでいません。
実務的にも、入会拒否の理由を開示する扱いは通常なされていないと思われます。
また、入会拒否の理由を伝えること自体が本人を傷つけ、無用な紛争を惹起する恐れがあります。
その意味で、本件ゴルフ倶楽部が元男性の女性に入会拒否の理由を伝えていたとすれば、そのことの妥当性が問われるところであり、また、本件ゴルフ倶楽部が新聞の取材に対して入会拒否の理由を答えていることも、妥当だったのか疑問が残るところです。
実務的な取り扱いとしては、入会拒否の理由を明示すべきではなく、倶楽部会則等に「入会拒否の理由を明示しない」ことを明記するとともに、入会申込の際に、入会拒否の理由を開示しないことについて入会希望者から個別に書面での同意を取っておくことが必要であると考えられます。
「ゴルフ場セミナー」2013年2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎