今年のリオデジャネイロオリンピックからゴルフはオリンピックの正式種目となり、平成32年には東京での開催が決定しましたが、日本は招致活動当時から受動喫煙防止法が未整備であり、対策の遅れが指摘されています。
平成22年には、世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は、たばこのないオリンピック等を共同で推進することについて合意しました(「健康なライフスタイルに関する協定」)。後述のとおり、平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地及び開催予定地が、罰則を伴う受動喫煙防止対策を講じています。受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内禁煙とするのが主流であり、屋外であっても運動施設を規制の対象としている国が多くなっています。
政府も今年に入り、受動喫煙の防止に向け、全面禁煙など具体的な対策を取らない国内の公共施設や飲食店に罰金などの罰則を科すよう定める新法の検討を始めました。
ゴルフと喫煙については、以前本誌でも取り上げましたが(平成22年5月号)、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた受動喫煙対策強化の取り組みの観点で、再度検討します。
たばこの規制に関する世界的取組み
喫煙のみならず受動喫煙が死亡、疾病及び障害の原因となることが世界的に認識されるようになり、平成17年2月に発行した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(FCTC)では、締約国に対して、受動喫煙防止対策の積極的な推進を求めています。日本も平成16年3月にFCTCに署名しています。
平成19年7月にバンコクでFCTCの第2回締約国会合(COP2)が開かれ、「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が採択され、締約国には、より一層、受動喫煙防止対策を進めることが求められました。日本もFCTC発効後5年以内に、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。
このガイドラインの主な内容は、
①100%禁煙以外の措置(換気の実施、喫煙区域の設定)は、不完全であることを認識すべきである。
②全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである。
③たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきである。
というものです。
平成26年時点で、公共の場所(医療施設、大学以外の学校、大学、行政機関、事業所、飲食店、バー、公共交通機関の8施設)の全てを屋内全面禁煙とする法律(国レベルの法規制)を施行している国は、49か国に及んでいます。
我が国の受動喫煙防止対策
平成15年5月に施行された健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法25条)。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」に過ぎません。
平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、以下のように、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。
①受動喫煙による健康への悪影響は明確であることから、多数の者が利用する公共的な空間においては原則として全面禁煙を目指す。
②全面禁煙が極めて困難である場合には、施設管理者に対して、当面の間、喫煙可能区域を設定する等の受動喫煙防止対策を求める。
③たばこの健康への悪影響や国民にとって有用な情報など、最新の情報を収集・発信する。
④職場における受動喫煙防止対策と連動して対策を進める。
職場における受動喫煙防止対策としては、平成27年6月、労働安全衛生法が改正され、労働者の受動喫煙防止対策の推進が定められ(法68条の2)、国は受動喫煙防止のための設備の設置の促進に努めるものとされました(法71条)。これを受け、国は喫煙室の設置等、受動喫煙防止対策のための費用を助成や、無料相談窓口を設ける等の支援措置を実施しています。
こうした対策により、職場や飲食店においては、漸減傾向にあるものの、非喫煙者の4割近くが受動喫煙被害にあっており、行政機関(市役所、町村役場、公民館等)や医療機関においても、非喫煙者の1割近くが依然として受動喫煙被害にあっています(平成20、23、25年の国民健康・栄養調査による)。
地方公共団体においては、平成22年に神奈川県で違反に対する罰則付きの受動喫煙防止条例が施行され、平成25年には兵庫県においても同様の条例が施行されています。
ゴルフ場の現状と対策
以上のような対策により、日本人の成人喫煙率は近年一貫して減少傾向にあり、日本におけるたばこの販売本数は減少し続けています。
ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っているわけですが(健康増進法25条)、ゴルフ場における現状や対策はどうなっているのでしょうか。
今年6月、中央大学より、「日本のゴルフ場における喫煙環境と受動喫煙対策の現状と課題」と題した研究資料がインターネットで公開されました。これによると、
①『コース内・ラウンド中にタバコを吸える場所』として、「各ティーグラウンド」が殆どのゴルフ場(89.6%)で挙げられ、続いて「カート内」(72.1%)となっており、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能となっています。
②『クラブハウス内の喫煙環境』では、全面禁煙は18.3%に過ぎず、「屋内に喫煙場所を設置」が58.1%、「屋外に喫煙場所を設置」が48.7%、「全面喫煙可」とするゴルフ場も14.5%もあり、「喫煙ルームを設置」は9.9%にとどまっています。
③『レストラン内の喫煙環境』については、「全面禁煙」(40.6%)への回答が最も多く、続いて「禁煙席と喫煙席を分けている」(33.0%)となっていますが、「全面喫煙可」の回答も17.5%に上っています。
④『ゴルフ場としてタバコ対策の基本方針を決めているか』については、「決めている」が27.4%、「検討中」が17.0%であり、回答の半数が「決めていない」(50.0%)となっており、⑤『健康増進法施行後何らかの受動喫煙対策を実施したか』については、約半数が「何もしていない」(44.4%)と回答しています。
その一方で、⑥『ゴルフ場内の喫煙環境規制はビジネスに影響すると思うか』については、「影響しない」とする回答(約40%)が「影響する」(約23%)を上回っています。
⑦『今後の禁煙対策に必要な法規制のレベル』については、「各業界団体による自主規制」への回答率が最も高く(42.9%)、次いで、「諸外国のような全国レベルの禁煙法」(34.5%)、「神奈川県の様な都道府県による条例」(14.7%)の順に多く挙げられています。
以上のように、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能であり、約半数のゴルフ場で喫煙対策の基本方針が決められていない一方で、喫煙規制がビジネスに影響を及ぼすと考えているのは少数に過ぎず、受動喫煙を禁止する業界による自主規制や法的規制が望まれているという結果になっています。
オリンピック開催地の喫煙対策
平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地が受動喫煙防止対策を講じています。
受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内全面禁煙とするのが主流であり、中国(北京/平成20年夏)、カナダ(バンクーバー/平成22年冬)、イギリス(ロンドン/平成24年夏)、ロシア(ソチ/平成26年冬)、ブラジル(リオデジャネイロ/平成28年夏)の全てにおいて、学校、医療機関、官公庁等の公共性の高い施設、公共交通機関(鉄道、駅、バス、タクシー)、飲食店、宿泊施設、スポーツ施設、職場において、屋内全面禁煙が原則とされています。スポーツ施設は屋外であっても、規制の対象となっているわけです。
これらの国では、違反した場合、施設管理者及び違反者に罰金が科せられます(但し、ブラジルでは施設管理者のみ)。例えばイギリスの場合、違反者には最大50ポンド(約1万2400円)、企業や施設管理者には最大2500ポンド(約62万円)の罰金が科せられます。
このように、オリンピック開催地における受動喫煙防止対策は年々強化されていますが、日本は前述のとおり、多数の者が利用する施設について、屋内禁煙又は分煙等の「努力」義務が課せられているのみで、違反した場合の罰則もありません。
東京オリンピック開催に向けて
冒頭に記載したとおり、WHOとIOCは「健康なライフスタイルに関する協定」を結んでおり、その中で「タバコのないオリンピック」を目指すことが謳われています。これを受け、近年のオリンピック開催都市の全てで罰則付きの強制力をもった受動喫煙防止法が整備されています。オリンピック会場のみならず、国(都市)全体の公共的施設において、禁煙または完全分煙が実現しています。
今までこうした対応がなされていないのは、日本(東京)のみというのが実状です。そこで東京オリンピック・パラリンピックを成功に導くために、政府も罰則付の受動喫煙防止法の検討を始めました。スポーツ施設や学校、病院などの公共施設を全面禁煙に、レストランやホテルなど不特定多数の人が利用する施設は喫煙スペースを設置するなどして分煙とするよう、施設管理者らに義務づけ、違反者への罰則も盛り込む方針だということです。
安倍内閣総理大臣も、平成27年11月の東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部において、「大会は健康増進に取り組む弾みとなるものであり、大会に向け、受動喫煙対策を強化していく」と発言し、「競技会場及び公共の場における受動喫煙防止対策を強化する」という基本方針が閣議決定されています。
ゴルフ場においても同様です。スポーツ施設を全面禁煙とすることは、IOC及び政府の方針であり、ゴルフもオリンピックの正式種目となった以上、この方針に従い、コースも含め全面禁煙とする必要があります。とは言え、一度に全面禁煙の措置を取ることに抵抗のあるクラブもあるかもしれません。そこでまずは、クラブハウス内は、バーのような場所を除き、レストランやコンペルームも含めて全面禁煙、コースについては、茶店を除き、ティーインググラウンド付近も含めて全面禁煙、といった段階的な対応も次善の策として許容されると思います。
なお、喫煙室や閉鎖系の屋外喫煙所を設置する場合、その費用の1/2(上限200万円)について国から助成を受けることができます。受動喫煙防止対策については国が無料相談窓口を設けており、この助成金の申請書類の記載方法等についても相談できます。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049989.html)
「ゴルフ場セミナー」2016年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎