近年、いわゆるセクハラやパワハラが職場での大きな問題となっています。いずれのハラスメントも、企業活動に重大な支障を与えることから、職場の労務管理上無視できない重要な課題です。
日本のゴルフ場においては女性のキャディが多数を占めています。また、フロントやレストラン、経理には女性従業員が多く、メンテナンス部門やキャディマスター、支配人には男性が多いという特徴もあります。キャディやウエィトレス等の従業員に対しいわゆるセクハラ的行為があった場合、ゴルフ場経営会社は使用者としてどのような責任を負うのでしょうか。
今回は、セクハラを中心に企業の安全配慮義務について検討します。
企業の安全配慮義務
使用者には、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています。古くから判例により確立されてきたもので、労働契約上の付随義務とされています。
その後、平成18年施行の労働契約法において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と安全配慮義務が明示されました(労働契約法5条)。
安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、職場環境配慮義務(セクハラ、パワハラ)も、この安全配慮義務の一つであるとされています。
セクシュアルハラスメントとは、「相手方の意に反する性的な言動で、それによって、①相手方に仕事をする上での一定の不利益を与えたり、②職場の環境を悪化させたりすること」であり、男女雇用機会均等法11条に規定されています。
一方、パワーハラスメントとは、職場における職権等の力(パワー)を利用した人権侵害であり、法律上の定義はありません。
パワハラとは
労働者は、労働契約に基づき、その労働力の処分を使用者に委ねることを約しており、使用者はその雇用する労働者に対し、業務遂行のために必要な指示・命令をできる権限(業務命令権)を有しています。
そのため、業務上必要な指導や注意など適正な業務命令権の行使が、権限の濫用や逸脱と認められない限り、たとえそれで部下が嫌な思いをしたとしてもパワハラとは評価されません。
この点の著名な裁判例として、いわゆる東芝工場事件判決があります。
これは上司の常軌を逸した言動により人格権を侵害されたとして、部下が上司と会社に対し民事上の損害賠償請求をした事案です。
東京地裁八王子支部平成2年2月1日判決は、上司にはその所属の従業員を指導し監督する権限があるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすること自体は違法性を有するものではないとしました。
しかしながら、上司の行為が権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべきと判示しました。
そして、休暇を取る際の電話のかけ方のような申告手続上の軽微な過誤について、執拗に反省書等を作成するよう求めたりする行為はその裁量の範囲を逸脱するものとして、会社及び上司が部下に対し連帯して15万円の損害賠償額を支払うよう結論付けました。
セクハラとは
一般に、セクハラには①対価型と②環境型の二類型があるとされています。
①は「上司Aが従業員Bに対し交際を求めたが拒否されたため、Bを配置転換した」など、性的関係を拒絶されて腹いせに解雇したり、人事の査定を低くするようなケースです。
②は、「社員Cが、職場で業務上不要な性的冗談を繰り返したことにより、従業員Dが不快感を持ち就業意欲が低下した」など、労働者の意に反する性的な言動により労働者の就労環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるようなケースです。
セクハラの場合はパワハラと異なり、労働契約の内容となっていない職場では全く不要であるはずの「性的な言動」を要件とすることから、それにより相手方に不快感や精神的被害を与えた場合には違法と評価されやすい性質を有しています。
そして「相手方に不快感や精神的損害を与えた」といえるかどうかは、外形上同一の行為であっても、相手方の受け止め方により異なるので、セクハラの成否も異なってくる点に注意が必要です。
例えば、女性従業員の容姿を話題にするような行為や、飲み会の席においてカラオケのデュエットやチークダンスを誘うなどの行為も、相手方の受け止め方によりセクハラになる場合もならない場合もあります。
行為主体と相手方の受け止め方によって、同じ言動でも、「素敵な同僚に褒められて(誘われて)嬉しい」と思われる場合もあれば、「残念な感じの上司にあんなことを言われて(誘われて)気持ち悪い。セクハラだ」と思われる場合もある訳です。
もっとも、セクハラと認定されるためには、「相手方の意に反する性的な言動」であることを認識して行うことが必要ですので、服装を褒める等客観的に明らかに「相手方の意に反する性的な言動」であると言えないような行為の場合は、1回でセクハラと評価されるわけではなく、相手方が嫌がる態度を取ったにも関わらず同様の行為を繰り返し行ったような場合にセクハラと評価されると考えられます。
一方、お客がキャディの身体に触る等のわいせつな行為は、客観的に明らかにセクハラと評価できます。このような場合には、ゴルフ場は毅然とした態度で直ちにそのお客に対して厳重注意し、従業員を保護する必要があるものと思われます。
企業の使用者責任
セクハラが認定された場合、被害者から加害者に対して慰謝料請求がなされることもあり、加害者の上司や会社も監督責任、使用者責任を問われる場合があります。
例えば、ゴルフ場の例ではありませんが、ビル管理会社に勤務する知的障害者の女性職員に対し、上司が背後から身体を密着させる等したという事案で、大阪地裁平成21年10月16日判決は、上司の不法行為責任を認めると共に、代表取締役が女性職員から苦情を受けたにもかかわらず必要な措置を講じなかったことについて、会社に代表者の行為についての損害賠償責任を認めました。
なお、加害者の上司や会社が監督責任、使用者責任を問われた場合には、上司や会社は、直接の加害者である被用者に対し、支払った賠償金の返還を請求(求償)できます。
もっとも、被用者の行為が使用者の業務としてなされた以上、必ずしも全額の返還が認められるわけではありません。
判例も、「諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」において求償できるとしています(最高裁昭和51年7月8日判決)。
実務的には、支払った損害の50%程度までの求償しかできないと考えておくのがよいと思います。
ゴルフ場に求められる対策
では、ゴルフ場はどのような対策を施していれば法的責任を免れることができるのでしょうか。
この点、男女雇用機会均等法11条に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」が参考になります。
この指針が示している必要な措置は以下のようなものです。
①就業規則や社内報、社内HP等にセクハラの内容及びセクハラ禁止の方針、行為者への厳正な対処方針等を記載して配布し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発しなければなりません。
②相談への対応のための窓口を予め定め、相談窓口の担当者が相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにしなければなりません。
③セクハラ問題が発生した場合には、相談窓口や人事部門の担当者が、相談者及び行為者とされる者の双方から事実関係を確認しなければなりません。それぞれの主張に不一致がある場合には、第三者からも事実関係を聴取しなければならないでしょう。
セクハラの事実が確認できれば場合には、加害者に対する懲戒処分等を実施し、加害者の配置転換や被害者・加害者間の関係改善に向けての援助、加害者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復等の措置が必要となります。
場合によっては、調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を講じることになります。
④以上と併せ、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を実施し、相談したことや事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め労働者に周知・啓発することも必要となります。
ゴルフ場においてこれらの措置を完全に行うことはなかなか困難な面もあろうかと思いますが、できる限り対応し、健全な企業としての義務を尽くすことが必要でしょう。
加害者に対する懲戒処分
セクハラ行為が認定された場合、加害者に対ししかるべき懲戒処分を行うことも必要です。
使用者が懲戒処分を行うためには、予め就業規則にその種類・程度を記載し、当該就業規則に定める手続きを経て行わなければなりません(労働基準法89条)。また就業規則は労働者に周知させておかなければなりません(同106条)。これらの手続きに瑕疵があると、処分自体が無効とされることもあり得ます。
懲戒処分の内容については、加害者の行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、懲戒処分は無効となります(労働契約法第15条)。
セクハラによる懲戒処分の内容については、国家公務員に関する指針がある程度の参考になります(平成12年3月31日人事院事務総長発)。
この指針では、①暴行や脅迫、職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いてわいせつな行為等をした職員については、免職又は停職(免職、停職は、民間企業における「解雇、出勤停止」に相当)。②わいせつな発言や身体的接触等の性的な言動を繰り返した職員については、停職又は減給。③わいせつな発言等性的な言動を行った職員については、減給又は戒告等と定められています。
国家公務員の場合には減給については人事院規則により「1年以下の期間、俸給の月額の5分の1以下に相当する額を給与から減ずる」ものとされています(人事院規則3条)。
これに対し、民間企業においては、労働基準法により、①1回の減給の額がその社員の1日分の平均賃金の50%を超えてはならない、②1ヶ月の減額の総額がその月の月次給与の総額の10%を超えてはならないという制限があるので注意が必要です(労働基準法91条)。賞与から減額する場合も同様です。
例えば月次給与240,000円、平均賃金8,000円(過去3ヶ月間に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で割った金額)の場合、1回の処分の限度額は4,000円で1ヶ月の限度額は24,000円となります。
「ゴルフ場セミナー」2014年2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎