近年いわゆるセクハラやパワハラ、さらに最近ではマタハラ(マタニティーハラスメント)が職場での大きな問題となっています。いずれのハラスメントも企業活動に重大な支障を与えることから、職場の労務管理上無視できない重要な課題です。
昨年11月には、厚生労働省がマタハラに関する初の実態調査を実施し、妊娠・出産経験のある女性のうち、マタハラを受けたと回答する人が、正社員で21%、派遣社員では48%に上り、契約社員(13%)や、パートタイマー(5%)も被害に遭っている実態が判明しました。
マタハラの内容については、解雇や雇止めといった深刻なケースはそれぞれ約2割、降格と減給もそれぞれ約1割、「迷惑だ」「辞めたら?」等の嫌がらせの発言は半数近くの女性が受けていたということです。
日本のゴルフ場では女性のキャディが多数を占め、フロントやレストラン、経理等、女性が多い職場であり、女性従業員の妊娠・出産は避けて通れません。パートのキャディから妊娠の報告を受けた後の契約更新をどうするか、フロントの女性従業員から育休を1年取りたいと相談された場合の雇用をどうするか等、マタハラは無視することのできない身近な問題であり、慎重な対応が必要であると思われます。今回はいわゆる「マタハラ」について検討します。
マタハラ訴訟
ゴルフ場の事案ではありませんが、昨年11月にマタハラに関する注目すべき判決が出ました。
広島市の病院に勤務していた女性が妊娠を理由に降格されたことが、男女雇用機会均等法に反するかが争われた事案で、広島高裁は、降格を適法とした一審の広島地裁判決を変更し、精神的苦痛による慰謝料も含めてほぼ請求どおり約175万円の賠償を病院側に命じ、女性が逆転勝訴したのです。
判決によると、女性は平成16年から管理職の副主任を務めていましたが、第2子を妊娠した平成20年、軽い業務への配置転換を希望すると副主任の役職を外され、復帰後も管理職ではなくなりました。
一、二審では原告側が敗訴しましたが、平成26年10月に最高裁は、妊娠による降格は原則禁止で、①自由意思で同意しているか、②業務上の理由等の特殊事情がない限り、違法で無効であるとの初判断を示し、広島高裁に審理のやり直しを命じました。社会問題化しているマタハラをめぐって行政や事業主側に厳格な対応や意識改革を迫った判断と言えるでしょう。
差戻し後の広島高裁では、降格が許される例外として最高裁が示した①明確な同意(当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき)、或いは②業務上必要な特段の事情(円滑な業務運営や人員の適正配置の確保等の業務上の必要性から支障がある場合であって、男女雇用機会均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情)の有無が争点となりました。
広島高裁はいずれも認められないと判断し、「病院は、使用者として女性労働者の母性を尊重し職業生活の充実の確保を果たすべき義務に違反した過失がある」としました。
一方、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がない等と適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。
法律による規制
使用者には、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています(労働契約法5条)。
安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、職場環境配慮義務(セクハラ、パワハラ、マタハラ)も、この安全配慮義務の一つであるとされています(本誌平成26年2月号参照)。
マタニティーハラスメント(マタハラ)とは、「妊娠・出産、育児休業等を理由として解雇、不利益な異動、減給、降格等不利益な取扱い」であり、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法等で禁止されています。
まず、男女雇用機会均等法は、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを禁止しています(法9条3項)。
また、育児・介護休業法は、育児休業、子の看護休暇、所定外労働の制限、所定労働 時間の短縮措置、時間外労働の制限及び深夜業の制限について、その申出をしたこと又は取得等を理由として、労働者に対して解雇その他不利益取扱いを禁止しています(法10条等)
そのため事業主は、女性労働者が妊娠・出産・産前産後休業を取得したり、妊娠中の時差通勤等男女雇用機会均等法による母性健康管理措置や深夜業免除等労働基準法による母性保護措置を受けたこと、子どもを持つ労働者が育児休業、短時間勤務、子の看護休暇等を取得したことを理由として、以下のような不利益取扱いをしてはなりません。
<不利益取扱いの具体例>
解雇、雇止め、契約更新回数の引き下げ、退職や正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要、降格、減給、賞与等における不利益な算定、不利益な配置変更、不利益な自宅待機命令、昇進・降格の人事考課で不利益な評価を行う、仕事をさせない・専ら雑務をさせる等就業環境を害すること、派遣労働者について派遣先が当該派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を拒む…
不利益取扱いの禁止
男女雇用機会均等法や育児・介護休業法の違反の要件となっている「理由として」とは、「妊娠・出産、育児休業等の事由と不利益取扱いとの間に因果関係があること」を意味すると考えられています。
そして、妊娠・出産、育児休業等の事由を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、原則として「理 由として」いる(事由と不利益取扱いとの間に因果関係がある)と判断されます。
ここで、妊娠・出産、育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は、原則として「契機として」いると考えられています。
但し、事由の終了から1年を超えている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、又は、ある程度定期的になされる措置(人事異動、人事考課、雇止め等)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断されますので注意が必要です。
不利益取扱い禁止の例外①
但し、①㋐業務上の必要性から不利益取扱いをせざるをえず、 ㋑業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる「特段の事情」が存在する場合には、基本的に法違反にはならないと考えられています。
例えば、経営悪化の為人員削減を検討していた折に、フロントの女性従業員に育休を1年取りたいと相談されたとしましょう。育休を取ることを理由に解雇・退職勧奨することは許されないのは既述のとおりです。但し、事業主側の状況(職場の組織・業務体制・人員配置の状況)や労働者側の状況(知識・経験等)等を勘案し、㋐業務上の必要性からその従業員を解雇せざるを得ず、 ㋑業務上の必要性が解雇等によりその従業員が受ける影響を上回ると認められる事情が存在する場合には、例外的に許される余地があります。
例えば、本人の能力不足等が理由である場合で、妊娠等の事由の発生前から能力不足等が問題とされており、不利益取扱いの内容・程度が能力不足等の状況と比較して妥当で、 改善の機会を相当程度与えたが改善の見込みがないような場合は、上記㋐㋑の「特段の事情」が存する場合として許される余地があります。
この場合、妊産婦以外の従業員についても同様の取扱いをしていたか否かが、例外か否かの判断上重要な要素になります。
なお、上記広島高裁の事案では、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がないなどと適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。
不利益取扱い禁止の例外②
また、②㋐労働者が当該取扱いに同意している場合で、 ㋑有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切 に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するときにも、基本的に法違反にはならないと考えられています。
つまり、契機となった事由や取扱いによる有利な影響(労働者の求めに応じて業務量が軽減されるなど)があって、それが不利な影響を上回り、不利益取扱いによる影響について事業主から適切な説明があり、労働者が十分理解した上で応じるかどうかを決められたような場合には、例外にあたり許される可能性があります。
例えば、ゴルフ場の女性管理職について、妊娠に伴う軽易業務への転換を契機に降格・減給することは原則として許されませんが、会社から本人に対して適切な説明が行われ(書面等本人が理解しやすい形で、降格に伴う減給等についても説明)、本人の自由意思に基づく明確な同意があり、業務量の軽減による利益が降格・減給による不利益を上回っている等の事情が認められれば、例外にあたり許される可能性があります。
なお、上記広島高裁の事案では、裁判所は、復帰後の地位の説明がなかった点等から、降格を女性が承諾したことについて「自由意思に基づいていたとの客観的な理由があったとは言えない」と判断しています。
ゴルフ場の対応
以上のように、原則として、妊娠・出産・育児休業等の事由から1年以内(時期が事前に決まっている措置に関する不利益取扱いの場合は、事由の終了後の最初のタイミング)になされた不利益取扱いについては、例外に該当しない限り、違法と判断されます。そのため、妊産婦の従業員に対して雇用管理上の措置を行う場合、それが法違反となる不利益取扱いでないか、改めて確認した上で慎重に行うことが必要です。
法違反の不利益取扱いを行った場合には、報告、助言、指導、勧告等の行政指導がなされ、例えば解雇撤回勧告等に従わない場合には事業主名が公表されます。行政指導の際に必要な報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には20万円以下の過料が科せられる場合があります。また、当該従業員との間で裁判となった場合、そのような事実がネット等を通じて広まると企業イメージに打撃を与え、裁判の結果次第では、解決金や損害賠償金、慰謝料等を支払わなければならなくなる可能性もあります。
なお、厚労省はマタハラ対策強化のため、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法を見直し、企業に対し、社員教育や相談窓口の設置を義務付けること等を検討しているということです。
我が国においては少子化が進行し、人口減少時代を迎えています。少子化の急速な進行は、労働力人口の減少、地域社会の活力低下など、社会経済に深刻な影響を与えます。持続可能で安心できる社会を作るためには、効率優先一辺倒の社会から「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)」を実現する社会に転換していくことが必要不可欠です。子育て等家庭の状況から時間的制約を抱えている時期の労働者について、仕事と家庭の両立支援を進めていくことが、企業や社会全体の明日への投資であり、活力の維持につながるのではないかと思われます。
「ゴルフ場セミナー」2016年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎